吉本隆明の名言集

2014/04/12


吉本隆明

吉本隆明(思想家、詩人、評論家)

作家のよしもとばななは次女。

1924年、東京都月島生まれ。
実家は熊本県天草市から転居してきた船大工で、貸しボートのような小さな船から、一番大きいのは台湾航路で運送の航海をするような船『吉本隆明×吉本ばなな』p.16 ロッキング・オンを作っていた。
 兄2人姉1人妹1人弟1人の6人兄弟。
 1937年(12歳)東京府立化学工業高校(現 東京都立化学技術高校)入学。
 1942年(17歳)米沢高等工業学校(現 山形大学工学部)入学。
 1943年から、 宮沢賢治、高村光太郎、小林秀雄 (批評家) 小林秀雄、横光利一、保田与重郎 戦争期の言論情況が分かる。
横光利一、保田与重郎 に関しては、福田和也『日本の家郷』(1993.再刊2009洋泉社)、宮沢賢治に関しては吉田司『宮澤賢治殺人事件』(太田出版、1997年)参照。
高村光太郎に関しては、吉本自身の『高村光太郎』(1966.講談社学芸文庫.1991)がある。
、仏典等の影響下に本格的な詩作をはじめる。
なお吉本は、第二次世界大戦=「総力戦」のもと、最大の動員対象とされ、もっとも死傷者が多く、幼少期は皇国教育が激化し、中等・高等教育をまともにうける機会をもてなかったいわゆる「戦中派」の世代であるこの「戦中派」としての戦争体験に吉本思想の核心を見るものに、小熊英二の『と』(2002.新曜社)がある。

  • わからないのに、わかっているように言うことを、とにかく警戒すればいいんじゃないですか。 『悪人正機』
  • 時代が変わると左翼が右翼になり、右翼が左翼になる。ボタンを付け替えるように、簡単に変わっちゃう。 『私の「戦争論」』
  • 結局、どっちだって同じ、どうせひとりよ、ということなんです。月並みだけれども人生というのは孤独との闘いなんですから。『悪人正機』
  • 斯かる芸術の本来的意味は、マルクスの所謂唯物史観なるものの本質的原理と激突する。この激突の意味の解析のうちに、僕はあらゆる詩的思想と非詩的思想との一般的逆立の形式を明らかにしたいのだ。 『ランボー若しくはカール・マルクスの方法についての諸注』
  • 意識は意識的存在以外の何ものでもないといふマルクスの措定は存在は意識がなければ意識的存在であり得ないといふ逆措定を含む。『ランボー若しくはカール・マルクスの方法についての諸注』
  • 「資本論」と「窓際のトットちゃん」とを同じ水準で、まったくおなじ文体と言語で論ずべきだ。 『重層的な非決定へ』
  • 思想の一貫性を保つためには、「現在」というものとの、生きた絶え間ない対決と、葛藤と、融和しようとするためらいが必要なのだ。 『重層的な非決定へ』
  • 詩は書くことがいっぱいあるから書くんじゃない。書くこと、感じることなんにもないからこそ書くんだ。 『「さよなら」の椅子』
  • 日本の天皇制というのは、アジアの極東地区の辺境国家に見られる「生き神様信仰」の一つなんです。「生き神様信仰」はチベット、ネパール、東南アジア、オセアニアなどにも見られます。 『私の「戦争論」』
  • サルトルのように「戦争」をえらぼうともおもわないしまた「平和」をえらぼうともおもわない。ただ「未知」をえらぶだけだ。 『日本のナショナリズム』
  • 市民社会のほうが国家や公よりも概念としては大きいんだ、ということです。戦後、僕はそういうことをマルクスから学びました。それは目からウロコが落ちるような体験でした。 『私の「戦争論」』
  • 「自動販売機」が、温かいうどんや、出来上がったカップラーメンや、カンのついた清酒や、ホットコーヒーを取出口に出しはじめたとき、わが国の現実上の「アジア」は消失してしまった。 『重層的な非決定へ』
  • ぼくの孤独はとんど極限に耐えられる ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる もたれあうことをきらった反抗がたおれる 『ちいさな群への挨拶』
  • 戦後の日本社会を、単に帝国主義戦争からの解放として考え、戦前と戦争期の体験を、内部的に断絶して出発しようとした民主主義文学運動は、はやく出発点において誤算をまぬかれなかった。『戦後詩人論』
  • 小林よしのりの主張に、現在とこれからのちの時代を読み解くための新しい視点や理念があるかというと、それは全然ない。あるのは戦後の過去のやり方に対する反動だけです。『私の「戦争論」』
  • 名画の条件はいくつかあげられよう。①は、いいストーリーの緻密な運び。②は、映像の緊密さ、均斉、つや(明暗)、つよいスムーズな流れ。③は構成の規模のゆたかさ。④は、試みの新しさ。 『重層的な非決定へ』
  • 司馬の作品から歴史を学ぶというのは、学者としては甘い態度です。そんないい加減な態度では「本当の歴史」はわかりません。 『私の「戦争論」』
  • おそらく、近代日本の社会にあって、もっともおそろしい思想的な力となっているのは、社会的な関係や、社会の構造物がそのまま、自然物のような強固な秩序として認識されるということであろう。 『高村光太郎の世界』
  • 市井に生まれ、そだち、生活し、老いて死ぬといった生涯をくりかえした無数の人物は、千年に一度しかこの世にあらわれない人物の価値とまったく同じである。『カール・マルクス』
  • ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって ぼくは廃人であるそうだ 『廃人の歌』
  • 追憶によって現在を忘却に導こうとすることは衰弱した魂のやりがちのことだった。 「固有時との対話」
  • 本当に偉い人は、千年、百年単位の人ではなく、もっと向こう側に無名の領域があって、そこへ行けた人が本当に偉いのだ。『人生とは何か』
  • 相手の弱みをにぎったとおもったときが、じつはいちばん隙ができる機会で、危ないときである。『重層的な非決定へ』
  • 左翼とは何かを探しつつあるものだけが左翼なのだ。『ハイ・イメージ論』
  • そこに何があり ぼくらは何をしてきたか 高尚と壮大の神学を排して できるだけ 小さな存在と組みたかった 『小虫譜』
  • 人間の情況を決定するのは関係の絶対性だけである。 『マチウ書試論』
  • 日本を含む先進資本主義の今の課題は、いかにして、自国の民衆や他国の民衆に対して国家を開いていくか、ということにある。『私の「戦争論」』
  • いいことを照れもせずにいう奴は、みんな疑ったほうがいいぞ。 『遺書』
  • 原子力発電の安全性の問題はまず何よりも技術の問題であり、技術の問題を解決するのはまず何よりも「技術的」にその問題点を乗り超える技術の問題なのだ、というのが原発問題を太く貫く第一義の大道なのだ。『状況としての画像』
  • きみの春のあひだに ぼくの春はかき消え ひょっとすると 植物のような 廃疾が ぼくにとどめを刺すかもしれない ぼくが罪を忘れないうちに ぼくの すべてのたたかいは おわるかもしれない 『ぼくが罪を忘れないうちに』
  • 国家は幻想である。風俗や宗教や法もまた共同の幻想である。 -『共同幻想論』
  • 人間にとって重要だと思われるようなことは、古代社会が終わったところで、だいたいにおいて考え尽くされています。 『吉本隆明五十度の講演』
  • 人間はしばしばじぶんの存在を圧殺するために、(中略)どうすることもできない必然にうながされてさまざまな負担をつくりだすことができる存在である。 『共同幻想論』
  • もし、知識を<ほんとうの知識>として獲得できるとすれば、知識を獲得するこきとが同時に反知識、非知識、あるいは不知識というものを包括していくことなんです。 『親鸞の教理について』
  • 法あるいは宗教あるいは儀礼あるいは風俗、習慣というものを、本来的な所有よりも、もっと強固な意味で、自らのものであるかの如く振舞う構造のなかに、本当の意味での、日本の大衆の総敗北の構造がある。『敗北の構造』
  • ひきこもって、何かを考えて、そこで得たものというのは、「価値」という概念にぴたりと当てはまります。価値というものはそこでしか増殖しません。 『ひきこもれ』
  • 現状のように「体制-反体制」の対立や左翼性が消滅した時代が続き、その都度の「イエス・ノー」が時代を動かすことになるんじゃないでしょうか。『わが転向』
  • 天皇(制)の歴史は千数百年をさかのぼることはできない。この数千年の空白の時代を掘りおこすことのなかに天皇(制)の宗教的支配の歴史を相対化すべきカギはかくされている。『詩的乾坤』
  • 芸術とはある意味で善悪を超えたところで咲く「花」である。悪、反道徳、脱道徳これらをすべて包摂することなしに、芸術が開花することはありえない。 『重層的な非決定へ』
  • ひとは、いつも論理自体によってうごかされることはない。ただ未知の領域にあくなき論理によって肉迫しようとする思想にうごかされるのだ。 『埴谷雄高』
  • 言葉がいま倫理的な振舞っているのをみたら、現在の停滞の一番露骨な形式に、身をおいたじぶんを肯定しているか、政治的な言葉を退化させて倫理の言葉で代償しているかどちらかだ。 『マス・イメージ論』
  • 教科書をつくりかえれば健全な子供が育つとかいっているのは大間違いです。そんな考え方をするのは、大体、優等生に決まっているんですよ。 『私の「戦争論」』
  • 資本主義の制度に欠陥があるってことですね。そのことは多分百年ぐらい前にもうわかっていたと思っているんです。(中略)じゃ、それよりもいい制度が具体的にあるかとなると、今のところ未知だ。『思想と幻想』
  • 日本の民衆が「公のためには個が犠牲になってもいい」という考え方に陥りやすいのは、歴史的、地理的要因があるからで、アジア的専制制度というアジア固有の国家制度が長く続いてきたためです。 『私の「戦争論」』
  • 無意識も意識も荒れはて、傷つき、屈折しているのを、どうやってこえたかというのが、大衆芸の本質だといってよい。 『重層的な非決定へ』
  • 咲く音楽の日の革命 『小虫譜』
  • 現代において本来反倫理的(つまり科学的)であるべき革命思想がきわめて倫理的な相貌であらわれてきている。つまり正しくニーチェの指摘しした通りの相貌で。 「アラゴンへの一視点」
  • 人は他者によって作られたじぶんに責任を負わなければならない。『世界認識の方法』
  • 転向とは何か(中略) それは日本の近代社会の構造を、総体のビジョンとしてつかまえそこなったために、インテリゲンチャの間におこった思考転換を指す。 『転向論』
  • 本来的に自らが所有していたものではない観念的な諸形態というものを、自らのものであるかの如く錯覚するという構造が、いわば古代における大衆の総敗北の根底にある問題だということができます 『敗北の構造』
  • 超越的なものはすべて虚偽である。観念的な思考はすべて虚偽であるが、抽象的な思考は虚偽ではない。『初期ノート』
  • 石原慎太郎が「NOといえる日本になれ」というのはいいんだけど、そればっかり強調して、国民国家を絶対化してしまうと、大きく間違っちゃうんですよ。 『私の「戦争論」』
  • 国家というのは宗教の最後のかたちです。 『「ならずもの国家」異論』
  • インターネット、携帯電話と、コミニュケーション手段が発達していくのが最近の世の趨勢で、これに逆行することはできないんですが、コミニュケーション自体が自己目的化したら、それはちょっと病気です。『人生とは何か』
  • わたしは政治はいやいやながら当番だから仕方ないというようにやる制度が理想だとおもっている。ちょうど町内のゴミ当番とおなじようにだ。『情況へ』
  • 詩とはなにか。それは現実の社会で口に出せば全世界を凍らせるかもしれないほんとのことを、かくという行為で口に出すことである。『詩とはなにか』
  • 文学とか芸術とか、科学でもいいですよ、そういうものが絡まってくる場合には、体制が変われば良くなるなんてことは絶対にない。 『詩の読解』
  • 日本がアジア諸国の独立を促したというけれど、占領地の民衆に対してどんなふるまいをしたのか、それはひでえことをしたってことを、ちゃんと裏にくっつけておかないとダメなんです。『わたしの「戦争論」』
  • 激動のときにじぶんがこうかんがえているとできるかぎり率直に公開しよう。それはじぶんの身ひとつで、吹きっさらしのなかに立つような孤独な感じだが、誤謬も何もおそれずに公言しよう『大情況論』
  • ほんの少しでも国法に触れた者、または国法に触れたと疑われている者を、人でなしの、人間の風上にもおけぬものみたいに取り扱って、ちっともはじない。 『リンチ機械としてのテレビ』
  • 僕は倫理から下降する。そしてゆきつくところはない。『初期ノート』
  • 歴史ってのは、誰の考えや動きで決まっていくのかといえば、それはやはり、大多数の民衆がどう考え、どう動いたかで決まっていくんです。『私の「戦争論」』
  • 情況とは何かを知るために、わたしたちは言葉を必要としていない。きみが情況であり、わたしが情況であり、しかもわたしたちはことごとく追いまくられているわけだ。 『情況における詩』
  • 国民国家というのは歴史的産物であり、決して普遍的なものじゃないですよ。現に、EU(欧州連合)はすでに通貨を統一するなどして、国民国家の枠を超えようとしているじゃないですか。『私の「戦争論」』
  • 植民地化は悪であり、植民地からの解放は善である、という単純すぎる善悪感は、ロシア・マルクス主義者が発明したものです。 『私の「戦争論」』
  • できるなら書き言葉の喧嘩はしない方がいい。するときにはいつもいやいやながら受身で、だが本気でやってやれ。『重層的な非決定へ』
  • ぼくはきみたちの標本箱のなかで死ぬわけにはいかない 『その秋のために』
  • わたしたちは現在の停滞を、過去の光景に収斂することを許されずに、ただ未来にむけて放つことだけを許されているとおもえる。 『マス・イメージ論』
  • みえない関係が みえはじめたとき かれらは深く訣別している 『少年期』
  • 日本のいわゆる知識人たちは、奈良朝以降のことでもってしか、「日本国」や「日本人」のことを考えないんです。それは、当然、「おかしい」ということになるわけです。『私の「戦争論」』
  • しかし、重要なことは、積み重ねによって着々と勝利したふりをすることではなく、敗北につぐ敗北を底までおし押して、そこから何ものかを体得することである。『初期ノート』
  • わたしは、どのように小さい闘争であれ、また、大きな闘争であれ、発端の盛り上がりから、敗北後の孤立裏における後処理(現在では闘争は徹底的にやれば敗北にきまっている)にいたる全過程を、体験したものを信じている。 『初期ノート』
  • 論理によって反駁できない論理はありえない。どんな完璧に見えても論理には、きっと欠陥が見つけられるものだ。これはゲーデルの不完全定理とは関わりなく見つけられるものである。『重層的な非決定へ』
  • 結婚して子供を生み、そして子供に背かれ、老いてくたばって死ぬ、そういう生活者をもしも想定できるならば、そういう生活の仕方をして生涯を終える者が、いちばん価値ある存在なんだ『敗北の構造』
  • 結局ぼくはね、負け切ってなかったなってことがおおきくあるんですよね。つまり、自分の考えで言えば、生涯の大事件ともいうべき大戦の敗北が、結局は負け切ってなかったってことですね。『詩の読解』
  • ぼくはでてゆく 冬の圧力の真むこうへ ひとりっきりで耐えられないから たくさんのひとと手をつなぐというのは嘘だから 『ちいさな群への挨拶』
  • 世界は異常な掟があり 私刑(リンチ)があり 仲間外れにされたものは風に吹きさらされた 『少年期』
  • 国家は、一定の集団をつくっていた人間の観念が、次第に析離(アイソレーション)していった共同性 『共同幻想論』


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