大島 渚の名言集

2014/03/18


Nagisa Oshima

大島 渚(おおしま なぎさ、1932年3月31日)

日本の映画監督

夫人は女優の小山明子。現在は神奈川県藤沢市在住。

  • 映画のモンタージュ論、エイゼンシュテインは金科玉条とされてたわけだけども。いまでいえば、映画のモンタージュ論が実際にいちばん役に立っているのは漫画の世界であって。短いカットバックをするんだったら、なにも映画であることを必要しないんじゃないか、漫画でいいんじゃないか。
  • 石堂淑朗になんとか一本撮れるチャンスをつくれないだろうか、ということで、富永一朗の『チンコロ姐ちゃん』を、小林信彦とか、いろんな人の協力を得てやるという企画を立てて、けっきょくは、そのときのプロデューサーがインチキで、実現しなかったんですね。
  • 一九七二年の、あれは秋だったろうか。私は何となく残暑を感じさせる川崎の街を、日活ロマンポルノを上映する二番館へ急いでいた。(略)ヨーロッパから帰ったばかりの足を急がせるほど、その二本立ての世評は高かったのだ。神代さんの『濡れた唇』と村川透監督の『白い指の戯れ』だった。
  • 橋幸夫さんは私に聞いてくれた。「大島さん、どうして映画を撮らないんですか」「いやあ、なかなか……」と、私は例のごとく、ごまかそうとした。すると、橋さんはすかさず言ってくれたものだった。「世の中、悪いですか」私は心の中で涙をこぼした。橋さん。私は世の中のせいにする気はありません。
  • 私は今、三十九歳だ。革命家ならば、死ぬべき年だ。フランツ・ファノン、チェ・ゲバラ、大杉栄、マルコムX、マーチン・ルーサー・キング、なぜか世界のすぐれた革命家たちは、三十六歳か、三十九歳で死んでいる。いや、殺されている。三十九歳は限度の歳だ。
  • (『LOVE LETTER』)私などの世代からは、やや甘過ぎ、ウエルメイドであり過ぎるけれども、まぎれもなく自分自身の世界を持った、才能ある監督が誕生したと思う。私はよく笑い、時々涙をぬぐってこの映画を楽しんだ。
  • 一人の少女が、今は亡き恋人にあてて書いた『LOVE LETTER』。絶対に返事の返ってくるはずのない手紙に、返事が来たところから広がる波紋が、雪の小樽と神戸(!)を舞台にみずみずしく展開される。脚本も監督自身が書いているので、まるごと岩井俊二作品といえるだろう。
  • (『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』)シリーズの一本としてつくられたとはまったく思えない、みずみずしい感性で貫かれた個性的な作品であった。
  • 角川春樹とは、角川映画の第一作「犬神家の一族」が出た直後、一度だけ対談したことがある。私は「愛のコリーダ」をつくったあとだった。次の日、電話がかかってきた。次の映画の監督をしてくれという話だった。すぐ原作が送られてきた。「人間の証明」だった。
  • それが今度の映画を見て、園さんがやりたいと思っているスタイルと今度獲得した35ミリという表現手段、これがピタッと明確な形で総合して作品としての力を持ったのではないかと思ったんですよね。
  • 僕は『部屋』を見て大変うれしかったんですね。これまでの園さんの映画にはいつもスタイルへの模索があったと思う。あるスタイルが頭の中にあって、それを壊そうという形で、いわばスタイルを壊すスタイル。それが物凄いエネルギーになっていた。
  • 僕に言わせれば犯罪者なんて動機が分からないからやるんであって、動機があったら犯罪なんてやりませんよ。僕が映画で犯罪を取り上げてきたのは、そこであってね、「俺はこういう理由で人を殺すんだ」なんて分かってたら人を殺せないですよ。動機が分からないから、一番怖い。
  • 犯罪が起こるとね、警察はまず動機を知りたがるわけですよ。それからテレビを始めとするマスコミも同じ。動機を聞けば安心するんですよ。「ああそうか、こいつはこういう奴か。だからやったんだ」と。動機の分からない犯罪というのは非常に不気味なんですよ。
  • まさに「魔」というものを持ってたと思いますね。青春そのものの役なんだけども、ただの若いチンピラではだめなんで、こほ犯罪者はいくつだといわれたら、年齢不詳にみえるという凄さがある人間でないとだめだと思った。
  • 佐藤慶さんは『青春残酷物語』のときに初めて来たんだけど、俳優座出身の何人かの俳優さんに面接して、抜群に凄いと思ったね。主役にこそ起用しなかったけど、いつの日か彼の主役でやりたいと思っていたので、『白昼の通り魔』でやれたことはたいへんに嬉しかった。
  • けっきょく慶さんは逃げきったよね。ぼくが佐藤慶について書いた文章の最後はこうなってる。《慶さんはやがて私の創造社作品の主役となり、『白昼の通り魔』の性的犯罪者や、『儀式』の家父長を演じる。それは私の自画像といってもいい役柄だった。ちなみに彼はコマーシャルフィルムに出たことがない》
  • 慶さんには、死ぬところを撮らせたいと思わせるXがある。彼はほんとうは近藤勇をやるべきだった。最終的に近藤勇を佐藤慶にしなかったところが『御法度』のキャスティングの最高のところ(笑)。
  • 佐藤慶の無表情はぼくの映画のなかで登場する少年たちの無表情とも、つながっています。少年というのは無表情なものなんですよね。ぼくが佐藤慶に会う前に見た最高の俳優さんというのは、仲代達矢だったですけども。
  • 黒木和雄の如きは『映画評論』で堂々と「若松プロで仕事をするかも知れない」と宣言しながらそれをうやむやにして『キューバの恋人』の方に走ったのである。若松孝二はまさにこのように無残に差別されたいわゆるピンク映画というものを肉体化した一種の化身なのである。
  • ぼくは、雨が降ってくるのを人よりちょっと早く感じるんだけど、それと同じように、時代に関して、頭では考えてないんだけど、気分的にはあるみたいですね。六〇年代後半の破局に関しても、ちょっと人より早く感じていたと思うな。


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