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鈴木敏夫の名言


鈴木敏夫

株式会社スタジオジブリ代表取締役、公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団副理事長。

株式会社徳間書店取締役、株式会社徳間書店スタジオジブリ・カンパニープレジデント、株式会社徳間書店スタジオジブリ事業本部本部長、東京大学大学院情報学環特任教授、株式会社スタジオジブリ代表取締役社長などを歴任した。

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「アニメージュ」っていわゆるアニメ情報誌でしょ? 人の作品を扱って取材して云々するわけでしょ? 人の作品を扱うのが面倒くさくなってきたんですよね。そしたら自分たちで作って、それを取材したほうが楽だなっていう。だったら宮さんの作品を作りたいっていうことで、ジブリのスタートですね。



「イノセンス」と「ハウル」にかかわって、両方の映像を見ていると面白いんですね。演技は違うし、テーマへのアプローチの方法も違うが、いずれも根っこは「これから人間はどう生きるべきか」ということなんです。



「トトロ」と「火垂る」は、当初の予定では両方とも60分なんですよね。でも、やり始めてすぐわかったんですけど、高畑さんという人は、こちらが決めたことに従ってくれない。脚本を書いていくでしょ。そうすると、素晴らしいんだけれど、2時間近くあるんですよ。そういうことが平気な人なんですよね



「トトロ」のコケ方は尋常じゃないんですよね。来たお客さん45万人。だから、後に「千と千尋」でね、初日に45万人来たときに、ぼくは泣いたんですよね、「トトロ」と「火垂る」のために。



「ナウシカ」「ラピュタ」に相当するものを今作って、果たしてお客さんが支持してくれるかって言ったら、ぼくはあやしいと思ってるんですよ。だからやっぱり新しい映画を作んなきゃいけないと思ってますけどね。



「ナウシカ」が成功したでしょ、「ラピュタ」も成功したでしょ。ところが「トトロ」と「火垂る」これにまったくお客さんが来ないんですよ。大コケです、ほんとに、全然お客さん来ないんですよ。でもね、何にも痛痒は感じなかったんです。そういうもんだと思ってた。なにせ作れることが楽しかったから。



「ナウシカ」の後、宮さんは「もう監督は二度とやらない」と言っていた。作品に誠実であるために、時には、親しいアニメーターが描いてきたものも否定しなきゃいけませんが、それがしこりを残す場合もある。宮さんはそういうのに疲れてしまっていたんですね。



「ナウシカ」は、まだ終わっていない。ぼくも宮さんも、カットごとに、そのときに起きた出来事をすべて覚えている。そりゃあ、後悔もあるし、これでよかったということも含めて。



「へえ、なるほど」をくりかえす人っているでしょう。それではダメだと思う。相手のことを勉強していれば、違う言い方になるはずだ。



「ラピュタ」で初めて特別協賛っていうのをやるんですよ、いわゆるタイアップ。映画でそれをやったのは初めてなんですよね。ぼくはそのとき悩んだんです。テレビは最初から商業主義だけど、映画はピュアだったでしょ? そういうところにビジネスを持ち込むっていうのは果たしていかがなものかと。



「攻殻」のテーマが記憶、「イノセンス」が身体だとしたら、「攻殻3」で心を描いたらどうかと。ネットの海に消えた草薙素子が身体を取り戻して、バトーと再会する――。



「紅の豚」という映画も主人公はある時期、国のために戦ったわけです。そのむなしさを知ったがゆえに、豚になって生きているという設定。「ハウルの動く城」は反戦というか、厭戦です。現実の写し絵です。日本はずっと戦争がないけれど、世界の各地では減るどころか、増え続けているわけでしょ。



「人が育つこと」って、いちばん困っているところ、なんですよね。「自分がやれる」ということと「教えることができる」ということとは、別の才能だったりしますからね。



「挑戦」とか「戦略」という言葉が、実は僕はあまり好きではないんです。やりたいことがある、描きたいものがある。それが最初にあるのであって、「挑戦してやろう」とか「この戦略でいこう」というのが先に立つわけではないでしょう。これはすべての仕事に当てはまると思います。



『アップルシード』のように、モーション・キャプチャーを使った3Dのセルアニメが出てきたのは必然だと思いますね。アニメーターが描けないなら、登場人物の動きをライブで演じさせた方がいいという考え方ですよね。日本のアニメーションは、残念ながらそちらの方向へと行くでしょうね。



『アニメージュ』の創刊号では、高畑勲と宮崎駿の取材をしようと思っていました。ところが二人とも取材には応じられないという。それぞれ電話で話したんですが、なぜ取材ができないかという小難しい理由をいっぱいしゃべるんですよ。「何という奴らだろう」と、強烈な印象として残りましたね。



『アリエッティ』は、日々の生活のためにサバイバルしていく小人の女の子で、『ナウシカ』は傷ついた地球を一人で救おうなんていうお姫様の話でしょう。およそ対極にありそうに見えながら、ある時代が必要とするキャラクターというのは一人なのかな、と思えたんですね。



『キル・ビル』を観てビックリしましたね。ストーリーの基本は、ほとんど『女囚さそり』じゃないですか。クエンティン・タランティーノは、あの映画を深作欣二に捧げると言ってますけれど、嘘ですよ。『修羅雪姫』シリーズを彷彿とさせる場面まで含めて、あれは梶芽衣子に捧げるべき映画ですよね。



『ゲド戦記』を作ったでしょう。宮さんとして、堪えられなかったわけですよ。「なんで、吾朗は俺に逆らって映画を作ったんだ」と。それで、その思い至った元はね、「俺が悪かった」って。どういうことかと言うとね、「家に帰らなかった。5歳の吾朗の側にいてやれなかった」って、反省するんですよ。



『スパイダーマン2』で頭に来たのは、マスクを取るシーンをスポットに使ってることなんですよ。こういうことやっていいんですかね? 僕はあの映画が好きだったから余計に許せなくて。



『となりのトトロ』と『火垂るの墓』は、徳間書店の役員層に企画を通すのに苦労した作品でした。『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』と、いわゆる冒険活劇を続けて製作したので、今度は違ったものを作りたかったんです。どちらも地味な話だったので「これじゃ客が入らない」と随分反対されました



『ナウシカ』が終わると、庵野は、それきり宮崎駿の仕事に参加しませんでしたが、高畑勲監督『火垂るの墓』でまた道場破りのようにジブリを訪ねてきました。高畑さんとの仕事もその一回きりです。武者修行の途中で門を叩き、「宮崎も高畑もだいたいわかった」と去っていったという印象です。



『ハウル』をやる時に、宮さんが来てですね、「宣伝できにくヤツ作るからね」って言うんですよ。宣伝で語りきれるようなことを映画にはしたくないと。宮さんがそういうものを作るのなら、それはしょうがない。でも、ある一定の宣伝はしなくてはいけない。



『ポニョ』は5歳の男の子が主人公。あの宗介は、(モデルが)最初吾朗君なんですよ。で、その映画を作ることによって、吾朗君に謝罪しようって。それで、企画をスタートするんです。面白いのは、最初そう言ってずっとやってたんだけど、一年くらい経つと忘れちゃうんですよね(笑)。



『もののけ』の時なんかは、第一稿ではエボシの腕はもぎとられないし、タタラ場も炎上しない。で、サービス精神にかける、と判断したんです。だから僕としてはカッコ付きで宮さんに「娯楽映画なんだから、カタルシスを与えよう」という意味で「普通だったらエボシは死にますよ」と言ったんです。



『もののけ姫』でも、記者会見で宮さんが「この予告編は鈴木さんが作ったんだ」と言い出しました。あの作品では、人の首が矢で飛ぶシーンの画を使ったんです。「自分はそこを強調して映画を作ったつもりはない」と宮さんが言いました。こういうふうに、宮さんとは記者会見で常に戦いがあるんですよ。



『紅の豚』で大きく変わった宮さんが、自己探求の最後のところに来たのが、『千尋』だという感じがします。



『紅の豚』にこういう台詞があるんです。「大事なのは経験かインスピレーションか」すると迷いなく豚は「インスピレーションだ」って。だから、『ゲド』のことで怒っていたときに、僕は宮さんに「大事なのは経験かインスピレーションかどっちですか?」って聞いたんですよ。そしたら「経験だ」って。



『世界の中心で、愛をさけぶ』の場合は、ああいう純なる愛は今の世の中にないわけですよ。だからヒットする。つまり、現実の対極にあるものをやると、皆が足を運ぶと思ったんです。



『千と千尋』の冒頭、カメラは主人公の千尋に寄り添いながら町の全貌を見せていく。入口のトンネルがあって、町へ紛れ込んで、飲食街があって、橋があって、湯屋まで来る。簡単に言えば、いきなり設定を40分もかけて見せるという前代未聞の映画です。



『千と千尋の神隠し』の時に、マスコミが宣伝のことをずいぶん取り上げてくれたんですね。そうすると宮崎はスタッフに聞くわけです。「『千尋』って宣伝がよかったから客が入ったのか。お前どう思う?」と。そこで「宣伝がよかった」とは言えないですよね(笑)。



『太陽の王子・ホルスの冒険』を池袋の文芸坐に観に行ったんです。それを観て、本当にびっくりしたんですよ。人間の心の中にある“光”と“闇”が見事に描き出されていた。アニメという手段でこういうものが作れるのか。目を見開かされた。



『天空の城ラピュタ』では、少年パズーが空から降ってきた少女シータと衝撃的な出会いをします。シータは普通の子じゃないとすぐに分かりますよね。キャラクターを端的に知らせながら印象付ける。そこが宮さんのうまいところです。



『風の谷のナウシカ』のときも、タイトルで揉めたんですよ。この映画で宣伝プロデューサーだった徳山雅也さんが「『風の戦士ナウシカ』にしよう」と言ってきたんです。僕は大ゲンカしました。タイトルは作品本体に関わることでしょう。これを守るのは、自分たちがやりたい作品を守ることでもある。



『風の谷のナウシカ』は興行的に成功しました。すぐに二作目の映画を作ろうなんて誰も思っていませんでしたけども、そのとき『風の谷のナウシカ』で儲かったお金をめぐって、宮さんが悩んでいたんですね。これで家や車でも買ったら、皆にバカにされる。何かいい使い道はないかと。



『風立ちぬ』では、昭和の日本の風景を見てほしいですね。あの時代、貧しかったけれど空気は澄み、空と雲は美しく、緑は豊かだった。実際には内陸にあった工場を海辺にあるように描いたり、歴史に忠実ではないですが、ありえたかもしれない理想の昭和のイメージがこの映画には描かれているんです。



『風立ちぬ』は戦争中の物語。戦闘機に乗るということは、常に死が隣り合わせにある。そういう緊張感ある映画だなとは思います。映画の中に、こういうセリフが出てきます。“飛行機は美しい夢だ。しかし、同時に呪われた夢でもある。”と。いい言葉だなあと思ってね。



『風立ちぬ』は零戦が今回たくさん出てきますが、エンジン音をはじめ、すべて口でやっています。機関車は上手くいかなかったけれど、こだわる人は違うという意見を出すでしょうが、どれだけ本物があるのって話。僕は、分かればいいと思う。



『風立ちぬ』は零戦を設計した堀越二郎の生涯と堀辰雄の「風立ちぬ」をイメージした物語です。庵野からは「零戦が飛ぶシーンがあるなら描かせてほしい」という申し出がありました。もし実現すれば、彼が宮崎作品に参加するのは『ナウシカ』から二十九年ぶりです。



『魔女の宅急便』や『おもひでぽろぽろ』も、基本はタイトルロゴが明朝なんです。こういう書体を使うのは「これはお子様向け作品ではありませんよ」というアピールでもあります。『トトロ』なんて、放っておいたら絶対にお子様向けでしょう。でも、いわゆるお子様向けのロゴデザインは避けたんです。



『未来少年コナン』っていうのがあって、あれはNHKさんのほうから26本頼まれるわけですよ。で、いろいろやっていったら、8話で「困った」って言い出すわけですよ。「終わっちゃった」って(笑)。宮さんは、開き直るわけですよ、そこで。「だって、終わったんだからしょうがないだろう!」って。



『踊る大捜査線2』は400スクリーンで土日の興行成績が12億円。これでお客さんの入りが70%ぐらい。『ハリーポッター3』は800スクリーンで最初の土日の数字が11億です。これだとお客はガラガラですよ。だとしたら適正なスクリーンの数は、最大で400のはずですよ。



10歳の女の子が不思議な町に紛れ込む物語。宮さんがそこで描きたかったのは10歳の女の子ってこんなだっていうことなんです。だから観ているとある種の快感がある。ほとんどドキュメンタリーで、その子のお母さんなんか予告編を観て、千尋があまりに10歳の時の自分の娘に似ているんで驚いてたから



1963年っていうのは、戦争が終わって18年で東京オリンピックの前の年だよね。まさに、高度経済成長が本格化しようとする時期。その時代設定は、宮さんの発想。バブル崩壊やらリーマン・ショックやらいろいろあったけど、今の日本のスタートはあのころにあったんじゃないか、と。



あっちの世界に行って帰ってくる話というのは、これまでも描かれてきた題材だし、宮さんも取り組んできました。「ポニョ」でそれを突き詰めたと言えるかもしれない。生命が誕生する間際には、死がすぐそばにあるんですよ。生きていくのも同じじゃないですか。



アニメーションって大きくいうと、二つしかないんです。みんなの知っていることを描くっていうのと、みんなが知らないこと見たことも聞いたこともないことを描くということ。



アニメーション監督といってもほんとにさまざまなんです。『巨人の星』を作った長浜忠夫さんという人は「監督」として何をやったのかというと、絵コンテは人に描かせるし、絵の部分はぜんぶ人に任せていました。何に力を入れたのかと言うと、シナリオと、できあがったものに声を入れるときだけなんです



アニメファンが興味あるのは、作品自体というよりキャラクターだということ。



あのね、(ワンピースが)次郎長三国志だってことは、凄くよく分かるんですよ。第1巻読んでてもよく分かった。



あのね『ぽんぽこ』ってね、もう一つの見方は、有名な当時の落語家が全部登場するんですよ。



アメリカがつくった映画と闘おうとか、そういうことは一度たりと考えたことはありません。僕らは日本の人に見てもらうものをつくる。それを外国の人が見て、面白いと言ってくれるんなら、うれしい。それだけなんですよ。



アメリカと戦争をして日本は負けました。それが根本にあって、ずっと日本人は引きずってきたと思う。『風立ちぬ』は、それに回答を出すべく宮さんが挑んだ、という気が僕はしていますけどね。



アリエッティたちの世界にはお金がない。だから色んなことをやらなければサバイバルできないんですよね。毎日、本当に一生懸命やらなかったら生きていけない世界。でもそれは、ついこの間までの人間の姿だったんじゃないかなあという気がするんです。



あるスタッフの息子さん。その子が、ある時期毎週ジブリに遊びに来ていたんだけど、宮さんは彼を観察して、参考にしていましたね。



イタリアに行けば「三千里」に出てきたような石畳の路地や、それを抜けると広がる広場、向こうに見える海などを実際の風景としてあちこちで見ることができる。そういう意味では、ヨーロッパは宮さんにとってやり尽くした題材なんです。だから、「ハウル」を作りながらずっと苦しんでいたと思いますよ。



いつも、映画を作り終わると、ぼくらは二度と見ないし、また、見たくない。でないと、次に行けない。



いつも現在進行形。面白いのは目の前のこと。



いまは映画がどんどん隅のほうに追いやられ、社会現象になりにくい状況です。そのなかで頑張っているのが庵野秀明の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズです。この先十年は庵野の時代になるはずです。



イメージボードってね、この映画にこんなシーンが出たらどうかな、ってストーリーに関係なく描くんですよ。それで、すごく大事なことなんですけど、描いても意味のないやつがあるんですよ。ほとんど意味ないやつですよね。ようするに、映画のストーリーに関係してくる、なにか小物がないといけない。



いろんな方が『アリエッティ』を観て、みずみずしいとかね、言葉としてはそういうことを言ってくれるけれど。それから、特に古いジブリを知ってる人だとね、最初の頃のジブリみたいだとかね、いろんな発言をしてくれます。



インターネットの普及などで情報が外部化されつつあるといいますが、やはり知識は血であり肉であるべきです。



うちの両親が大の映画好きで、親父とおふくろが別々に映画に連れて行ってくれたんです。親父が日本映画、おふくろが洋画に連れて行ってくれた。ホント見まくりましたね。最低一週間に一回は見ていましたね。当時は二本立てだったので、年間で百本は見てました。



おかげさまでジブリにいろんな方が取材に来ていただけるじゃないですか。そしたらね、たとえばカメラ持って取材に来る人はね、1日前までに、申請書を出さなきゃいけないって。そんなことが起きてたんですよ。僕あったまにきてね。「いつからジブリはそんなえらい会社になったんだ?」ってね



お客さんが見てくれる間は作り続けたいというのが、宮さんの素直な気持ちだと思います。一人で勝手に作って墓場に持っていけばいいという人ではなく、常に「お客さんは今、何を見たがっているのだろう」と考え続けている人ですから。



お客に来てもらうために必死のサービスをする。そのストレスは想像を絶する。内容的にいくら成功しても、興行がだめだと作品の評価までだめになっちゃいますから。



お金儲けに長けた人がもてはやされる時代だ。そんな時代と格闘し、そんな風潮を笑い飛ばしたい。コンテンツなんて言葉は、くそ食らえだ。映画は、楽しいから見るし、歓びを得るために作るのだ。



カオナシの存在が膨らんできた時は面白いなと思ったんです。宮さんの中から、またひとつのオリジナリティが出てきたし、最終的に映画の大きな柱になった。フィルムを全部通して見た時、宮さんが言ったんです。「これはカオナシの映画だ」って。



きちんと観察さえできれば絵は誰でも描けると思っています。これは僕が雑誌「アニメージュ」をやっていた時のことですが、普段絵を描かない編集部員に、編集後記用の自画像を描いてもらったことがあった。皆、最初は無理だと言っていましたが、自分の顔を丁寧に観察し始めたら、ちゃんと最後まで描けた



ゲーム業界の変化を見ていますと、面白いし参考になりますね。かつては日本人の誰もが群がったほどゲームが好きだったわけでしょう。それが、現在はヒット作が出ないと悩むほどに変化した。うまくいっていないわけです。その原因の一つには、モーションキャプチャーの多用にあると僕は思う。



こいつもしかしたらすごい奴なんだな、って思った瞬間。そうすると、そこで消えていかなきゃいけないのは、宮さんと僕だと思った。



ここまでが仕事、ここからがプライベートなどと言っていたら、楽しめる時間はごくわずかになってしまいます。そうではなく、“公私混同”して楽しめる時間を仕事の時間にも浸食させればいいのです。こういうことが、生きている実感につながっていくのではないでしょうか。



この業界の人って、制作費なりなんなり“大きい”作品を作ればいいと思っているところがある。でもどんな商品だってちゃんと売らなければ成り立たないわけでしょ。ところが売れなくてもいいものさえ作ればいいという発想が根強くあって、非常に反発を感じたんです。



コピーで、糸井さんのことをさすがだなと思ったのは『おもひでぽろぽろ』ですね。僕が「私はもう一人の自分と旅に出る」というコピーを考えたら、「私はワタシと旅に出る」と変えてきた。このセンスには感心しました。



これは大きな声では言えないけど、宮さんは、顔にコンプレックスがあるんじゃないかな。人の顔って大きく分けると細面か横長になる。宮さんは、いつも主人公を細面と横長の2つ描くんです。それで、スタッフに「どっちが主人公にふさわしいか」と聞いて回る。細面が票を集めるんですが、少し寂しそうで



これまで、特に日本人は、敗戦の混乱から何十年もかけて努力してきました。でも、多くの人は「勝ち組」にはなれなかった。だから、弱くてもいいんだというのが今の時代だと思うんです。



これまでね、実を言うとジブリの幻の新人監督って山のようにいたんですよ。たいがい1週間目、2週間目に、十二指腸潰瘍で入院とかね。いろいろあったんですよ。



しばしば「プレッシャーを感じませんか?」と訊かれますが、それはほとんどありません。ジブリという会社をどうするかというときも、どこか他人事感がある。だから深刻になることが少なくて冷静にみていたりする。これは案外、大事な資質かと思いますね。こういう性格に生んでくれた両親に感謝してます



ジブリって大体2年間で1本作ってるの。本格的な宣伝を始めるのは公開の半年前くらいから。そうするとね、間が開くわけよ。日常こなさなきゃいけない仕事はあるけれど、この間はね、世間とは遮断される。その期間が面白い。



ジブリでも昔、「戦争の名人」と呼ばれた名将を取り上げたいと言ったやつがいて。「おまえ、自分のこととして考えろ」って言いたくなった。もしその企画をやるとしても、僕なら名将に連れて行かれてひどい目に遭う、一兵卒の視点から描きたいですけどね。



ジブリで企画会議をしても、僕が主張するのは「外面で勝負をするんだ。それが本来の人間の正しい姿だ」ということですね。僕が言いたいのは、とりあえずその人の内面を捨てて、外面だけが見てみたいということ。時代によってこの考え方は違うと思います。



ジブリには、幻の新人監督もいっぱいいるんです。大抵はプレッシャーで、10日くらいで十二指腸潰瘍になっちゃう。



ジブリには会議がなくて、その代わりに会話があるのです。



ジブリには売上目標も経営計画もありません。すべて出たとこ勝負です。お客さんが映画を観てくれなければそれで終わりですから、長期的な目標など立てようがありません。頭の中にあるのは、今取り組んでいる作品のことだけです。そうして作品が一つできたら、次の作品に取りかかる。その繰り返しです。



ジブリに対する期待の根っこには潜在的なね「ナウシカ」「ラピュタ」への期待があると思ってるんですよ。でもまあ、それをやらなくても「アリエッティ」だったらジブリが帰ってきたっていう感じで受け入れられるのかなと。それは思ってましたけどね。ただあそこまでのヒットは予想してなかったですよね



ジブリの最大の特徴ってね、企画書と予算書がないことなんです。『カリオストロの城』ってあったじゃないですか。あれの企画書ってよく覚えてるんですよ。宮崎駿が文章書いたんですけどね、一行なんですよ。「一夜の惨劇」って。



ジブリの作品って、衣食住を丁寧に描くでしょ。そうすると、日常芝居が多いんですよ。こうなると芝居のほうも大袈裟では困るんです。普通の芝居が出来る人じゃないといけない。大きくいって、声優さんの芝居って、ハレとケにわけると、「ハレ」なんですよ。そして、僕らがほしいのは「ケ」なんですよ。



ジブリはキャラクター商品部を設けています。ただし、映画が先でキャラクター商品はそのあと、という原則は曲げていません。商品化のために作品内容を変えるなどということは、決してあってはならないことだといまも思っています。



スタジオジブリ設立の当時、高畑・宮崎両監督はまだあまり世の中に知られていない存在でした。その二人を世に出してみたいという思いと、それとは別に二人がそのような場に出たとき、「どうなるか見ていてやろう」という少し意地悪な気持ちもありました。



スタッフや関係者とはよく会話をしますよ。みんなの意見はとことん聞きます。そうすることにより、頭の中にある漠然としたアイデアが少しずつ形になっていくんです。



その他



そもそもいま憲法改正に、みんな、そんなに興味あるんですかねぇ。そうじゃないでしょ。そんなことより、自分たちの生活をどうするんだってことの方が大変で。だから、僕は、政治家の独りよがりだと思っています。



たったひとりの人間が考えたことなどはたかが知れている。



たとえば野球だって、相撲だってそうだけれど、やっぱりね、その業界全体を支える人ってね、ひとりかふたりなんですよね、いつも。でも、その人と入れ替わる人の登場って必ずあるでしょう。



たまさか麻呂っていう奴がいた。彼はもともと、絵が上手なのにいばらない。そのことによって、先輩からかわいがられ、なおかつ下から慕われる。麻呂っていう名前が非常に象徴的ですよね。



ツールがあるものはツールに任してしまえばいいんです。



つくづく思ったが、安請け合いは、絶対、しちゃいけない。分かっちゃいるけど、つい引き受けてしまう。やめよう、やめよう。仕事を減らそう。そう思っているはずなのに、気がつくと、自分の首を絞めている。



デビュー作ってのは破綻しなきゃいけない。破綻したっていいんだ。ほんとはこういうことやりたいのに、こういうふうにしかできなかった、っていう息吹のあることをやった奴が、次にまた面白いもん作るから。



ドラゴンズにとっては、敵が、ジャイアンツじゃないですか。落合が監督に就任したときに出した方針が、ぜんぶアンチジャイアンツでしょう?あれはうれしかったですねぇ。トレードしないとかからはじまって、反時代的っていうのがうれしかった。



ナウシカが大国トルメキアの要請によって旅に出ます。彼女が暮らしていたのは人口三百人ほどの小国・風の谷です。でも、その国の姫である彼女は、国民全員の運命を背負っているんです。だから皆が共感したわけでしょう。



ナショナルなものがインターナショナルになる。



ハウルでね、キムタクっていう人を皆さん注目されていたけど。いろんなこと言われましたよね。「これでお客さんを呼ぼうとするのか」って。だいたいね、言いたかないですけど、ぼくとか宮崎ってね、キムタクってほとんど知らないんですよ(笑)。



ハウルの動く城」は反戦というか、厭戦です。現実の写し絵です。日本はずっと戦争がないけれど、世界の各地では減るどころか、増え続けているわけでしょ。いつまでこんな愚かなことをやり続けるのか、っていうことでしょうね。



ハウルの動く城ってフランスで大評判なんですけどね、何が評判になったかというと、あのお城のデザインなんですよ。これ、外国の人には絶対描けないんですよ。正面から見たら、シンメトリーになっていないでしょ? 理解不能なんです。



はじめて会った頃、この人とやっていこうと思った時に、宮さんに言ったことがあるんですよね。「落ちぶれても一緒にやりますからね」って。



ハリウッド映画でやってきたハラハラドキドキ、日本映画ならば感動路線……そういうものは観たくない。そんな想いを根本にして『ポニョ』を観たら、静かな感動があるだろうなって思います。



プラズマテレビで観る人はもちろんいていいわけですが、僕は普段からプロジェクターで観るほうが好みなんです。プロジェクターは反射光だから映画館での上映に近いし、目が疲れない。



プレスシートに僕は「宣伝をしない『宣伝』」という文章を書きました。これは真剣に書きました。こういう状況を作ったら、マスコミの人々も、これまで以上に真剣に見ていただけるようですし。さらには、関係者をつかまえて、これってどういう映画ですか? と聞いてくるんです。



プロデューサーといっても、大きく分けると二つある。一つはお金を出して企画を立てて商品に仕上げる、プロモートというかコーディネートするプロデューサー。もう一つは作る側の人間を主体にして作品を仕上げていくプロデューサー。高畑さんや僕は、作る側に自分も入っていくプロデューサーなんです。



プロデューサーは、監督に対してお膳立てするのが仕事。それには、制作の拠点とスタッフが必要である。さらには、そのスタッフが宮崎作品を作るのにふさわしい人材かどうかを見極めることが必要だ。



ぼくがものごころついたときから毎日読んでる新聞は、中日スポーツなんです。ドラゴンズが五〇周年記念で出した本があって、これが中日スポーツの記事を集めたやつなんですけど……。やっぱり、いいんですよ。ヒマなときに見るんですけど、いい本なんです。



ぼくね、暗澹たる気持ちってならない人なんですよ。



ぼくの場合は出版社出身ということも関係しているけれど、編集者型のプロデューサーですね。編集者型のプロデューサーが何かといえば、一人の作家に作品を作ってもらうこと。これがいちばん大きな仕事ですね。



ぼくは、自分のわからないときに相槌など簡単に打つものじゃないと思う。相槌を打つには、もとになる教養が必要、ベースが必要、データが必要です。そんなふうに思うようになったのも、やはり高畑・宮崎の二人とどうつきあうか、ということからはじまったかな、とあらためて思うのです。



ぼくは、悩みに悩みました。まずは、「宮さんはなんでそんな作り方するのかなぁ」と。単純に「みんなでテーマを話しあえばいいのになぁ」とか思ってみたこともあります。それに、実際、みんなで一緒に作りはじめても、その時点では、ふつうの人にとっては、わけのわからないことばかり言う。



ぼくはいつも、どこか野次馬なんです。当事者なのに、傍観者の立場に自分を置くというのかな。ふつう野次馬というと、悪い意味ですよね。でもぼくは評価していい言葉だと思う。だいたい野次馬というのは、好奇心旺盛で、しかもけっこう正確に物事を捉えるじゃないですか。



ぼくはいままでいろんなドラゴンズの選手を見てきましたけど、とにかく生涯好きだった選手は権藤博なんです。一年目に三十五勝。そのときに、たしかジャイアンツに対して十二完投という記録を持っています。もうとにかく、権藤さえ出ればジャイアンツに勝てた。



ぼくはどっちかっていうと「ポニョはこうして生まれた」のほうに興味があるんですけどね。人間・宮崎駿を捉えたかったんですよ。やっぱり神聖視しちゃってるでしょ、でも、そうじゃないんですよ。宮崎駿の真実を見てもらう絶好の機会だと思うんだよね。これ内緒で出すんだ、本人に。



ぼくはね、あのアレンていう男の子、要するに今どきの男の子ですよね。その感じをうまく出してる。これは宮崎駿にはできないことだと思ったんですよ。ゲドとアレンのやりとりはいろんな人の共感を得るだろうなと思ったしね。それだけで全編やれば良かったっていうね。



ぼくは自分のやってきた仕事が何であったか、それを整理してまとめようと思ったことはありません。整理したりまとめたりすると現場から離れてしまう、どこかでそう感じているからです。



ぼくは人間の記憶容量には限度があると信じていて、それならば、その記憶容量はできるだけ大事なことに当てたい。だから、自分のやったことを記憶するのは必要最小限にしよう、と思っているんですよ。



ぼくは生涯に一回だけ、中日以外を応援したことがあるんですが、それはドラゴンズと、権藤が監督をしている横浜べイスターズが戦ったときでして……それまで、ドラゴンズ以外を応援したいとは一度も思わなかったんですが、ぼくは権藤が好きだったんです。



ぼくらが一番大事にしていることはね、主人公のキャラクターを作って、次になにを考えるかっていうと、衣食住なんです。



ポスターでキャッチコピーをなくしたら絵がすっきり見えるし、かえって見えないものが見えてくる。



ホラーというか、「神隠し」という言葉が持つ怖さを出したかった。いわゆるファンタジーだけど、それがシュガーコートされた甘い世界だったら、この話は面白くないと僕は思ったんです。



まんが雑誌とかで、戦争に関するものをいっぱい知っているわけですよ。戦闘機はどうした、軍艦はどうした、とか。でも思想的には、戦争は良くないと思っている。その矛盾に対する自分の答えを、宮崎駿はそろそろ出すべきなんじゃないか。僕はそう思った。



みんな、ほんとは、ほんものなんか好きじゃないですよ。やっぱり、ウソが好きですから。



みんな、期の初めに経営計画って数字にするんでしょ? ジブリ始まって以来、一度もやったことないですから。「今年の売り上げ目標はこうだ!」なんて1回も言ったことないしね。30年近く、ヤマ勘でやってきたんだもん。



みんな戦いが好きですよね。自分が勝つ側に立つからでしょう。負ける側に立った途端に、やってられない。



メイちゃんが、祠に行って、トトロのお腹でピョンピョン跳ねますよね。これを描けるアニメーターって、世界広しといえど、ほとんどいない。つまり、これが宮崎駿の魅力なんですよ。お腹を押したらへこみそうに描けないんですよ、みんな。



メモとか日記とかに頼らなければ忘れてしまうことは、忘れてしまっていい。いつのまにか自分のなかに入っていることが大事なんじゃないか。



もし宮さんが単なる監督で、原作を描く作家でなかったら、あんなに徳間書店は宮さんを大事にしなかったでしょうね。だから、映画会社が映画を作るときと、出版社、テレビ局が作るときとでは方法論が全然違うと思いますね。



もちろん自分の中にも考えはありますが、なるべく持たないよう、できるだけ無の状態で臨むようにしています。極論すれば、自分が解答を持ってしまったら終わりだとも思っています。なぜなら、解答を持てば、自分はそれにこだわってしまい、良いものはできなくなると思うからです。



もっと長くみんなで作品を作っていたい。だから公開が近づくと憂鬱になるんですよ。公開前に自分たちが死んじゃえば幸せだなって思う。



もともとアニメでは、縦の動き、画面の奥から手前に来るような動きを表現するのは難しい。ウォルト・ディズニーはそれをよく知っていたから、それまでのディズニー・アニメには横の動きしかなかった。その縦の動きに挑戦してきたのが、高畑勲であり、宮崎駿です。



やってきたことを覚えていようと思わない。というより、忘れてしまったほうがいいと思っていて、ときには忘れる努力さえする。「まっさらな状態に自分をおくと次がうまくいく」というのが、自分のなかで公式としてあります。



やっぱり、ピッチングコーチって、大事なんですね。記者会見でおぼえているんですけど、落合も「野球はピッチャーですから、バッターがいくらふっても意味がない」といっていまして……自分がバッターだったのに、よく言うな、と思ったんですけど。



やっぱりイメージボードって、絵として優れているより、なにか情報が入っていないといけない。それで、宮さんの真似をして描くやつがいるんですけどね、まあなんの意味も無いですよね。そんなことをやってる暇があるなら、ほかのことをしろって言います。



やっぱり観察なのよ。何となく描くのではなく、しっかり見て描く。これが絵が上手くなる近道ですよ。



やっぱり僕はねえ、運がいいんですよ(笑)。



やはり、「当たりそうなこと」だけをやっていてはダメで、自分たちが作りたいものを探求することが大切。



わかってんですよ、みんな。宮さんが介入したら破綻するって。



わかりもしないのに、わかったように相槌を打つ人。これはぼくは弱さだと思います。知らなければちゃんと聞けばいいんです。



安倍さんなんかはね、年が若いのになぜああいうことを考えるのか、ちょっとピンときません。もう少し上の世代だったら分かる気もするんですが。やり方を間違えたから日本は負けた。間違えなかったら勝っていた。そう考える、ある年齢の人たちがいるのを僕は知っていますしね。



庵野くんは、『ナウシカ』の中で巨神兵のシーンの原画を描いたわけですけど、つまり、この業界で最初にやった仕事が巨神兵で、以来ずっと巨神兵にとりつかれてるんですよね。だから、彼が死んだ時はお墓の裏に「巨神兵」って書いてやろうと思ってるんですよ(笑)。



庵野に会うと、時々「『ナウシカ』の続編を自分に撮らせてほしい」と言われる。彼によると、『エヴァ』もまた『ナウシカ』のつづきを自分なりに作っているんだ、と言うんです。どれだけ『ナウシカ』に取り憑かれているのか。たった三カ月の出会いが、人生を決めてしまったんですね。



以前、高畑さんとも『戦後を走りぬけた少年』という本を映画にできないか考えたことがありましてね。これがなかなかうまくいかなかった。そこで僕は「高畑さん、逆の話はどうですか?」と『火垂るの墓』の企画を持ちかけたんです。高畑さんはやる気になってくれました。



一緒に仕事をする人との相性は非常に重要だと思います。この人と一緒に仕事をしたら、自分も幸せな人生が送れるんじゃないかと思えるかどうか。またその幸せとは、自分が無理をしなくても楽に仕事ができるということです。



一人称の見た目で作った映画。これは観客が感情移入できるんです。



映画づくりというものは航海に出た船と同じで、照る日だけじゃない、雨の日、嵐の日がある。



映画って、抽象的なことが1つもないんです。麻呂はそれがよくわかっていましたね。蔦を伝って上に行くという1行を見て、これだけのシーンが作れるっていうのはセンスです。この絵コンテを見たときに、こいつは才能あると思いましたね。



映画でも芝居でも本でもいいけれど、読んだら、観たら、それをほったらかしにするんじゃなくて、その日のうちに、どういうお話だったかを書く。感想とかいらないの。「どう思いましたか?」って言うじゃない。あれ、いらないの。「何が書いてあったか」こっちのほうが大事なの。



映画の基本は人間を描くということだと思う。



映画の見方は一つではない。自分の見方だけでは、作品を語れないことってあるんですよ。



映画の成功というのは内容的評価と興行的評価の二つがある、と。この二つを同時に満足させようとしたんです。最初は恐る恐るやっていたんですけれど、映画界が厳しい状況だったせいで、商売上手な人があまりいなかったんですよね。そうするとこれは少しはできるかもしれないって思うようになって。



映画をどう作るかというときの、宮崎駿の最大の特徴は、「細部からはじめるところ」なんです。その細部というのは何かと言うと、彼は「主人公の洋服、どうしよう?」と考えだすんです。まだ、何を作るのかさえわからないときに、まずそこを考えているものだから、他の人はクチを出せないですよね。



映画を作るでしょう。そうすると、一億総評論家で、「僕はこう思う」「私はこう思う」「この映画はこうなんだ」って、みんなが発言してるじゃないですか。そういうことに対して、宮崎駿はすごい拒絶反応があって。それで、自分の思うままに映画を作ってるでしょ。



映画を作るにあたって、宮崎駿の発想はまず、極端な細部からはじまります。どんな洋服を着ているか? どんな髪形か? どんな家に住んでいるのか? そこからイメージがふくらんでいく。



映画監督には同じスタッフで何十年も作り続けるタイプと、次々とスタッフを変えていくタイプの人がいて、宮さんは後者。スタッフの中に新しい力が入ることを望む人。



映画館には人間的であってほしい。人って前を向いて歩いてとずっと言われていると、疲れてしまうもの。そうじゃなくて、たまには自分をだらしなくして、映画館でもだらしなく座ってほしいじゃないですか。ポップコーンとコーラで映画鑑賞!それを許してくれる雰囲気が入り口にほしい。



映画館に何が必要かスタッフとの交流で勉強になったことは多い。ポスターの絵柄、スタンディーの具体的な内容。それが財産になった。各地区宣伝キャラバンで回る時、未だに僕は各支配人に要望を聞く。バナーは縦がいいか横がいいか、縦長だと天井が低い場合に困るとか地区によって特性が違うわけです。



映画館に行って、会社や学校みたいだったら皆嫌ですよ。そういうことから、いい意味で解放されたいわけじゃないですか。だから、皆映画館に行くわけですよね。それがひどくなるとよくないと思うけど、その“いい程度”をどうやって作っていくか、それが今後の映画館のテーマじゃないかって気がします



押井さんと話していたら、彼が「最近、実写映画から飯を食うシーンがなくなった」と教えてくれました。人間は理性があるから、動物とは違う。では、映画は何を描いてきたかというと、そういう人間からふとした弾みに出てきてしまう動物性でしょう。



押井さんは以前から「ストーリーとは設定の解説だ」と言っていた人で、だからこそ前作の「真・女立喰師列伝」も面白かった。それなのに、「スカイ・クロラ」はその解説を先送りして、情緒を優先して作っている。どうしてそんな風に作ったのか聞いたら「体を鍛えて丈夫になったから」なんて言い出した。



押井監督はアニメーション作りが好きじゃないんです。アニメーターがなかなか絵を描かないとか小言ばっかり言っている。だったら3DCGの方がいいよって。



押井守が飛行機をだして空飛ぶとね、飛行機の飛んでる感じがでないんですよ。官能性がないんですね。頭でばっかり考えているんですよあの人(笑)。



押井守監督の『イノセンス』の予告編は僕が作りました。「こうやってやるんだぁ。自分が想像した予告編とはまるで違うけれども、かといって作品を壊しているわけではないね」と、押井さんは喜んでくれましたね。



何か壁にぶち当たったときも、自分で考えるだけでなく、周りにいる人たちに意見を求めます。そのとき相手の年齢や肩書など関係なく、率直な意見を聞くんですよ。こうして集めたたくさんの意見をもとにひとつの方向性を決めていくのです。



何しろ宮さんが、まだ若いときにお母さんが亡くなっちゃったわけでね、そんでまあ、自分が年をとって、それこそ数えたら、あの世へ行くまでを数えられる年代になってきたわけでしょ。そしたら、はっとあるとき、思ったんだと思いますよ。自分が死んだら、あの世でお母さんに会えるかもしれないって。



過去の名作が、デジタル処理を施すことで、色にぎらつきのある、品のない作品になってしまっている。ああだったはずがない。あれは、作った人に対する冒涜ですよ。年数が経てば、作品が古ぼけて見えるのは当たり前。



会社を大きくしても好きなことができなくなってしまっては意味がありませんからね。アニメ雑誌のときも最高で45万部まで部数を伸ばしたことがあります。ところが売れ始めたとたんに面白くなくなってしまったんです。そんなことになるより隅っこの方で好きなことを思いっきりやっている方が幸せですよ



海外で支持されるには、地域や国に根ざした作品でないとだめです。『千と千尋』は日本的だから異国への好奇心を呼び起こせました。



海外の建築物の多くは前から見ても真上から見ても左右対称であることが多い。ところが『ハウルの動く城』に出てくるハウルの城。これは左右対称の部分が全くありません。外国の人からすれば「何だ、これは」となるんです。



皆さんご存知のように、だいたいジブリって似たような顔しているんですよ。そうするとね、ヘアスタイルって大事なんですよね。だから、どんなヘアスタイルを作るかっていうのは、大きい問題でしたね。そのヘアスタイルが性格を決めたりしますからね。



絵コンテって、その人の肌合いみたいなものが大きいんでね。そのものに対する感覚とか、時間の観念とかね。



確実にヒットするのは、時代を反映した作品です。



割と高畑さんは娯楽として作品を考える人なんですよ。高畑さんの監督作品『おもひでぽろぽろ』でも、主人公が田舎に行って敏夫という青年に出会いますよね。あの設定も最初はなかったんです。主人公は旅に出て、小学生時代を思い出して帰ってくる。そういう話でした。



監督が脚本を書くのは、本来よくないんですよ。もし、書くのであれば、ちゃんと意見を言える人がそばにいなくちゃいけない。これはね、とても大切なことなんです。



監督本人がわからないことってある。だから僕は本人以上に本人にならなければいけない。『あなたが作っているのはこういうものですよ』って言うときがあるんです。



企画の段階では、「もののけ姫」ともう一本「毛虫のボロ」という企画があったんです。宮さんは「ボロ」の方をやりたがっていました。しかし、ぼくは「もののけ姫」を推しました。その理由は、宮さんが体力勝負でアクションものを作るとしたら、おそらくこの時期が最後なんじゃないかと。



宮さんがジブリ美術館を作るとき、どうやって作ったか。やはり全体の形を決めたのは最後なんです。彼が最初に考えたのは「少年の部屋」でした。そこにはお爺ちゃんからもらった机が置いてあり、もらった本が並んでいる。その本を読みながら、少年はいろんなことを考えていくと宮さんは発想したんです。



宮さんが絵コンテを描くと、主人公にキャメラが付きっぱなしになることですね。つまり、主人公が見た目で理解していくことを、観客も一緒に同時体験することになるわけです。要するに、推理劇の作り方なんですよ。



宮さんが起承転結のある健全なアニメーションを作っていたのは『魔女の宅急便』までだと思うんです。『紅の豚』からは、明らかに作家性が出てきた。ポルコ・ロッソは自分だし、『耳をすませば』のおじいさんも自分でしょう。カオナシも、宮さん自身だと思いますよ。



宮さんが考えたタイトルで一番すごいのは『紅の豚』ですよ。糸井重里さんにこのタイトルを見せたら、「鈴木さん、これ以上のコピーないよ」と言っていました。だから、タイトルって大事なんです。



宮さんが今の時代を予感しているようなことを言っていたんです。「経済的に世界はめちゃくちゃになる」。で、僕がこう言った。「世界中が応仁の乱になりそうだ」と。



宮さんが東映動画で技術を身につけて監督になっていったように、ジブリで育った誰かがどこかでその精神を受け継いでいってくれればいいんじゃないか。僕はそう思っているんですよ。



宮さんが描くヒロインは、健気で一途でひたむきで一所懸命。とにかく、それですよね。その健気で一途でひたむきで一所懸命なキャラクターを、黒澤明監督の場合は男でやっていましたね。黒澤監督のデビュー作『姿三四郎』の主人公、三四郎は、まさにそういうキャラクターです。



宮さんが模型雑誌に描いていた「風立ちぬ」の原作があって、僕が「これをやろう」と言ったら、いきなり怒りだしてしまって。鈴木さん、何考えてるんだと。「アニメーション映画は子どものためにつくるもの。大人のための映画はつくっちゃいけない」と。三十年間付き合ってきて、初めての出来事でした。



宮さんって、映画作りの最後になると、ある種の精神不安定になるんですよ。何でかって言ったら「理屈では捕らえきれない領域に入りたい」。そうしたときに、いいものができる、面白いものができるって。宮さん、いつもそう考えるんで。まあ、本人の言い方だと、「脳みその蓋を開けなきゃいけない」。



宮さんって、根っからの流行作家なんですよね。もちろん宮さんはお客さんのことを考えているんだけど、そういった宮さんの気分がお客さんの気分とピッタリ合ってしまって、結果として作品が観客の求めるものになってしまう。そこが面白いと思うし、同時に恐ろしいな、と思う。



宮さんって、磨いたらどんどん光ってくるわけでしょう? こんな面白いことはなかったですよねぇ。だって一歩間違ったらね、「なんか隅っこのほうに変や奴がいるよ」で終わるわけでしょう? それを磨いて、ど真ん中に持ってくるっていうのは、面白い仕事でしたよね。



宮さんていう人は大概、根拠はなく、「こう思う」って話す人だからね。ぼくはその根拠についてはあんまり追求しないんですよ。だから、勝手に想像するしかないでしょ。



宮さんという人は、生涯アニメーターでいたかった人なんですね。いまでもけっこう真剣にそう言います。「おれはほんとは監督に向いていない」と。



宮さんという人は面白い人で、プロモーションも本予告も見ないんです。取材の人から、予告編についてあれこれ聞かれるでしょう。その人たちから、逆に予告編の内容を取材するんですよ。取材の人に一生懸命聞く。「どういう内容なんだ」って(笑)。



宮さんとは毎日のように話しています。話すのは現在と未来だけで、過去を話したことはありません。長続きの秘けつでしょうか。



宮さんにとって、女性の占める位置は興味深いです。とにかく女性を大事にするフェミニスト。彼の家庭環境が、お母さん一人に男四人という構成でしたから、それが関係しているかもしれない。ある意味、女性を理想化しているところがある。



宮さんのお母さんを反映したキャラクターって、山のように出てきてるんだよね。宮さんがはっきり公言してたのは、ラピュタのドーラ。



宮さんの映画づくりでおもしろいのは、絵コンテを途中まで描くともう作画に入ることです。つまり、結末が決まってない。



宮さんの作品を作るために作ったジブリなんですよ。よくも悪くもね。新しい人にはね、場は提供しますよ。提供するけど、勝手に作ってほしいですよ。後進の育成とかね、本当は関係ないもん(笑)。



宮さんの場合、作る作品はたいがい自伝なんで。いや、ストレートにはやらないよ、直截には。だけれど、結果としては、そのときの宮さんの心境や、自分の人生が反映されたものになる。それを一般の人に見せるわけにいかないから、いろいろカムフラージュしてますけど。



宮さんの場合、作品を作るときにいろんなイメージが重なるんですが、岩見重太郎のヒヒ退治とか俵藤太のムカデ退治。ああいうものを作ってみたいというのがあったんです。それは単に昔話として面白いというよりも、巨大なものをやっつけるところに日本の伝統があるんじゃないかと。



宮さんは、ありとあらゆるものを手に入れた人でしょ。あとは、余生を静かに過ごしてもいいはずなのに、なぜ、また撮るのか。実は僕もそばにいて不思議なくらいなんです。



宮さんは、ある時期から必ず物の二面性に着眼するようになりました。分かりやすいのは『ラピュタ』です。あの映画に出てくる空に浮かぶ城ラピュタは、上が緑に覆われて下は機械になっていますよね。さらにロボット兵は圧倒的な破壊をする凶暴性を持ちながら、一方では自然を愛でる優しさを持っています



宮さんは、そもそも、自分のことを「努力家」だと思っていますからね……。ただ、ぼくがいつも宮さんに言うのは「宮さんは天才なんだけど、みんなは、宮さんの言うようにはできないんだ」という点です。そう言うと「天才なんです」というところで、彼はちょっとニコッとはするんですけどね(笑)。



宮さんは、麹町の頃の日本テレビの建物が大好きだったんです。あそこに行くと、自分がどこにいるかわからなかったでしょう? そういう感覚は、大きなヒントになっているのだと思います。



宮さんは『風の谷のナウシカ』の後に「二度と映画は作りたくない」と言っていたんです。なぜかというと、一つの作品の完成度を高めるためにはスタッフにヒドイことをいわなくてはいけないでしょう。そういう仕事がつらいと。実際、『ナウシカ』を作ったことで、宮さんは友達をなくしていったんですね。



宮さんはアニメーターとして、いろんなことが出来る人です。中でも得意なのは漫画アニメーションなんです。



宮さんはずっとこう言い続けてきました。「メッセージは映画に託してある」。皆さんの前に登場することよりも、いい環境で作品を作り続けることの方が大切じゃありませんか。



宮さんはね、建て前を作るのが好きだから。



宮さんはヒロインの声に対して、確固たるイメージを持っているんです。それは、僕に言わせれば、この世には存在しない声。言葉で表現すれば、透明感のある、澄んだ声ですね。今回も、何人か声を聞いてもらったんだけど、上手くいかなかった。



宮さんはもともとどういう人間だったのか。太平洋戦争が終わったときに、彼は四歳でした。物心がついたとき、手塚治虫の漫画と出会います。当時の大衆娯楽漫画は、一言で言うと、子供が活躍する話ばかりです。子供が拳銃を持って、大人をやっつけるんです。宮さんはこういう影響も受けているんです。



宮さんは何か大きな問題を抱えていると、それを解消するために、もうひとつ大変な問題を作って、いま抱えている問題を小さくしようとするところがあるんです。つまり、大変なときにもっと大変な問題を持ち出して打開をはかる。



宮さんは最初、宗介っていうキャラを「5歳の時の吾朗だ」って言っていたんだから。宮さんはまさか吾朗君が映画を作るとは思っていなかった。宮さんとしては「なんで、こんなことになっちゃったのかなあ」という想いがあって、5歳の吾朗君にもう一回会って話してみたい、というのがあるらしいんだよね



宮さんは作る方は天才でも、教えるのは決してうまくない。彼を助手席に乗せて運転すればすぐに分かります。横からいちいち口を出すから、大抵の人はノイローゼになってしまう。



宮さんは忘れることの名人です。それがまた、彼の映画づくりの秘密につながっていると思う。



宮さんは忘れる名人ですから。だから安心して、言いたいことを言っている面があります。言いあったことを全部覚えてたらこんな関係は保てません(笑)。



宮さんも、僕も年です。今朝もね、宮さんと「長生きするのはどういう人だろう」っていう話をしてたの。先の保証はない。だから『風立ちぬ』はたぶん、宮崎駿72歳の、現時点での遺言なんです。



宮崎映画では一見、普通の男の子に見えた少年が、あることをきっかけにヒーローになっていくでしょう。『千と千尋の神隠し』の千尋もそうですよね。登場したときは、どこにでもいそうな女の子。それが不思議の町に紛れ込んだことで、自分が持つ生きる力を呼び戻していく。



宮崎監督ってね、高畑監督のまえで15年間なにをやったかっていったら、実写で言うとカメラマン。そして、演出家。人物の、どのキャラクターがどう動くかは、宮さんが指示をした。高畑監督のまえでそれをやりまくったの。



宮崎作品を作るために作った会社なんですよ。だから彼が終われば、ジブリも終わる。そう思ってましたよね。



宮崎駿、彼はこんな作品作りたいっていう夢を見る人でしょ? で、僕はそれを現実化しなきゃいけない立場。



宮崎駿がある本を読む。で、話を聞くと面白いんだけど、実際にその本を読んでみるとそんなことどこにも書いていないの。つまりね、その本を読んで刺激を受けて、自分で想像する。そういうことが好きな人。だから天才。



宮崎駿っていう人は、ちょっとおもしろいところがある人で、『千と千尋の神隠し』のとき、作品もよかったけれど、宣伝がすごかったということをずいぶん、外の人たちから言われたんです。そしたら……そういうことが、気になる人なんですね。



宮崎駿って人は、本当に複雑な人でね。それは本人のせいだけじゃないと僕は思っているけれど、彼は昭和16年生まれで、彼と付き合って35年。彼の最大の特徴はね、戦闘機は大好き、しかし戦争は大嫌い。この矛盾。これは、大きな矛盾ですよ。



宮崎駿という人は、本来は長編映画を、ひとりで全部作りたいんですね。全体の構成だけではなくて、どんなに細かい部分に至るまで、ひとりで作りたいんです。観念としては「みんなで作りたい」という気持ちはあるでしょうけれども、端で見ていると、どうしても、ひとりでぜんぶを支配して作りたいようで



宮崎駿という男はおもしろいです。なにがおもしろいかというといまだに充足感を得ていないんです。これはスゴイ。普通だったら評価がよくて興行成績もよいものを作ったら、そこで満足感ってあるはずじゃないですか。しかし彼は飢えているんですよね。



宮崎駿と他の監督の違いは、絵の部分にウワーッと関わっていくところです。もちろん、『イノセンス』の押井守なんかも、こういう世界にしたいということで、参考になる絵だとかいろいろなものを持ってきますけれど、基本的には、絵の部分は他人に任せますからね



宮崎駿のタガがすべて外れてしまうと、映画のお客さんもよろこばないんですよね。あのバランス感覚は、いつもすごいと思うし、それこそが宮崎アニメのヒットの秘密だとぼくは思っているんです。あれだけヘンな人なのに、最後には、いつもかならず常識のあるものにしあげますから。



宮崎駿の自宅はもちろんのこと、彼の仕事場にもDVDの再生機っていうのは置いてないんです。むしろそれを自分の誇りというか、自慢の種にしてるんですよ。



宮崎駿の描く男女って非常に特殊なんですよ。特徴はね、必ずスキンシップがある。それはもう『コナン』然り。『ラピュタ』ではね、いきなり抱き留める。それから『ハウル』でもすぐ肩に手を回すとか。『千と千尋』ですら、ハクと出会った時にね、もう手が回ってるしね。



宮崎駿はね、対象に近づいていって同化する。やっぱり作家だよね。



宮崎駿は昭和十六年生まれ。子どもの頃は戦争中。宮さんの言葉を借りれば、物心ついた時に絵を描くとなると、戦闘機ばかり。でも、一方では大人になって反戦デモにも参加する。相矛盾ですよね。もしかしたら、それは彼だけの問題じゃなく、日本人全体がどこかでそういう矛盾を抱えているんじゃないか。



宮崎駿を世に出す。それが面白くなる人生だと思いました。



宮崎駿作品は、主人公とヒロインは、会った瞬間に100%、相手のことが好き。一点の曇りもなく。二郎と菜穂子も、出会いのシーンからそうだった。確かに二人は大人の年齢で、キスシーンと初夜のシーンがある。でも、それらを除くと、これまでの作品と変わらない。、少年と少女の恋に近いんです。



宮本武蔵って大事な言葉を三つ言ってるんです。「人間本来無一物」「我、事に於いて後悔せず」「信ずるは己のみ」。アナーキーでしょ。簡単に言えば、何をやったっていいって発想でしょ。それがおそらく戦後日本と高度経済成長を支え、日本人の中に染みついているわけです。



協賛企業の方には、映画を成功に導くチームの一員として動いてもらっています。映画が成功しなければ、協賛企業も恩恵を受けられません。だから宣伝の段階で協賛企業が個々に利己的に動くよりも、まずは映画の成功を第一に考えてもらう。それが僕の基本的な考えですね。



経済発展などいろんな理由で、結果として地球そのものに悪い影響が及ぼされている時代に見たい映画ってどんなものなんだろうか。『ポニョ』はそういう時代に観るに相応しい映画になった、と思います。



結果論だけど、美織ちゃんと菜穂子は明らかに共通点があったと思う。菜穂子はB型だと思うんだよね。気持ちのままに、衝動的に行動しちゃう。美織ちゃんも、自分の気持ちに素直でしょ。



嫌なニュースも多い世の中で、お祭りをやりたいんですよ。



権藤がピッチングコーチとして行ったチームは、ぜんぶ優勝していますよね。中日、近鉄、ダイエー、横浜。ダイエーには王監督が招いたんだけど、ピッチャーがほとんど新人だらけだったのにすごい野球をやったんですよね。要するにピッチャーに対するすべてのサインがベンチの権藤から出ていたんですから



原稿を書く時や映画を見る時の「友達」は必ずきのこの山。リラックスしている時に食べます。 舌を指先と同じように使えるので、舌先でチョコを外すんです。10秒くらいで出来ます。「たけのこの里」よりビスケットがパリパリしてるし、チョコの溶け方も好みなんです。



現代って、一国の暴走に世論がブレーキをかける時代なんです。宮さんや僕が尊敬する作家の堀田善衞さんが、こんなことを言ったことがあるんです。「人間の歴史は、殺し合いだ」って。その殺し合いが、だんだん残虐になったのが歴史だと。



言い方が難しいところなんだけど、前半と後半では、千尋のキャラクターが違うんです。3日間の中での話で、あそこまで持っていこうとしているから、時間の推移に強引なところがある。でも、それが『千尋』という作品の面白さにつながっていると、僕は思うんです。



吾朗くんが映画を作るとなったら、世間もさることながら、実はジブリの中のほうがもっと大変で。「なんで吾朗がやるんだ?」って。



吾朗くんにね、「ゲド戦記」っていう企画があって、これどうやったら映画になるか相談したいんだけど、仲間に入る? って言ったら、すぐ来たんですよね。それで「吾朗くん、監督やるか?」って聞いたら、その時はさすがにためらいがあったけれど、しばらくするうちにやりたいって言い出して。



公開前はドキドキするんです。どんなにみんなに太鼓判を押されても、行ってみたらお客さんが三人しかいなかったらどうしよう……と。とにかく、みんなの期待値が高くても、いったら混んでるからやめようと、いろんな人がそう思ったら、どうなるだろう?……つい考えちゃうんです。



好きな言葉があってね、「どうにもならんことは、どうにもならん。どうにかなることは、どうにかなる」。あるお寺に行ったら、そういうことが書いてあって、それを写真に撮ってね、宮さんに見せたんです。そしたら、気に入っちゃってね。



江戸屋敷の発想は、「建て増し」じゃないですか。宮崎駿の発想もそう。だから『ハウルの動く城』のお城のデザインっていうのは、西洋人が見ると、アタマがおかしくなりそうなのだそうです。宮さんがある部分から描きはじめて、次に大砲を入れたりクチをつけたり……やっぱり、あれも建て増しなんです。



高畑・宮崎の二人との出会いは強烈でした。なんとしても彼らと教養を共有したいと思ったのです。話ができないのでは悔しいですから。



高畑さんに聞いたことがあります。「プロデューサーでいちばん大事なことは何ですか?」。高畑さんの答えは明快でした。「それは簡単です。監督の味方になることです」。



高畑さんはつねに具体的、現実的で、絵を描くときの指示も同じです。抽象的なことはいっさい言わない。「ここはこういう状況だからこういう気分だ」などとは絶対言わない。「目をヤマ形にしてください、ここはマルにしてください」そういう指示の仕方です。それで得られる効果を知ってるわけです。



高畑さんはリアリズムに徹していて、『ハイジ』に出てくるパンですら、全部本物を調べ抜いてやっています。高畑さんと宮さんとはここが違います。宮さんのほうは「らしく」見せるのが得意で、『もののけ姫』のタタラ場だって、それらしく描いてますが、ウソもけっこう入っている(笑)。



高畑さんは宮さんの5年先輩で、宮さんは、高畑さんの言うことなら99%聞くんです。



高畑監督はね、丸とチョンで絵コンテを描くの。それを、宮さんが清書するわけ。美術を細部まで描いて、人物をどこに置くか、そしてその人物がどういう芝居をするか、どういう動きをするか。そして、カメラはどうやって動くか。これは全部、宮さんが指示したんですよ、もう『ハイジ』のときから。



高畑勲から学んだんです。「火垂る」のときに高畑勲にこう言われたんですけど、「自分からは降りない」って、「ぼくを降ろしたいなら解任しろ」って言ったの。勉強になったんですよ、あ、そっかって、俺が解任できるのかと思って(笑)。



今、僕は弱い人を主人公にすべきだと思っていますね。先行きが不安な時代、おじさんはリストラに怯え、若者は未来の図を描けない。そういう時代にどうしたらいいのか。目の前のことをコツコツとやる。そんな人を描いた方が説得力があるんじゃないか。



今のお父さんの特長っていうのは、お父さんであってお父さんじゃない。無責任なんです。



今のゲームがやっていることは、昔のハリウッド映画的な作り方ですよ。日本人もそうだし、アメリカ人にしても正確に捉えた人物像とか立体には飽き飽きしていると思うんです。その作り方ではヒットするゲームは生まれない。



今の時代、CGは進化のスピードがすごく速いじゃないですか。それを追いかけていくのは、正直しんどいんですよ。技術を追いかえるだけではなく、それを作品作りに反映させるという点でね。



今は「家族の崩壊」と叫ばれていますが、今の家族制度なんて室町以降せいぜい500年の歴史しかないと言う説もある。だから、新しい時代に新しい家族のあり方を模索するのは当たり前だと。



今はクライマックス場面をCMで事前に知っていて、鑑賞がただの確認になっている。純粋に「映画を観る」ということがなかなかできない時代です。いい例が「スパイダーマン2」。マスクを取る映像をCMで流したのは言語道断だと思いました。お客さんに対する裏切りですよ。



今はヒーローものが作りにくい。いろんな理由があると思います。まず、悪が設定しにくいですよね。皆のために戦うこと。これがヒーローものを成立させる大きな条件なんです。ところが、今は敵対する悪を設定できないのでヒーローが戦う相手が見えてこない。



今までいわゆる天才、秀才と映画作ってきたから。作る上での苦労はあんまりしてこなかったんですよ。



今やりたいこと、やったら楽しいと思えることがあって、肩の力を抜いてそれに取り組んだ時に、仕事はうまくいくもの。映画作りも、仕事も、人生も、気楽にやるのが一番です。「挑戦」なんて、肩肘張って考えずにね。



今振り返るとあるんですよね、転換点て。ジブリの最初の転換点て、作品で言うと『おもひでぽろぽろ』。みんなを社員化した時ですけどね。それと、『もののけ』ですよね。それからこうやってずーっとやってきて、もしかしたらこの『アリエッティ』が次の大きな転換点になるかもしれないですよね。



最近、宮さんが家に帰るとCSでディズニーチャンネルを観ているんです。すると、過去の名作がたくさん放送されますよね。それを観て「昔観たものと違う、きれいすぎる」としきりに不満をもらしていたんです。「そんなことやっていんだおるか。古い作品は傷も退色も古いままにすべきだ」と。



最初の出会いの時、僕、宮崎駿に言いましたからね。「おちぶれても付き合いますからね」。これがスタートなんですから。



最初は宗教をめぐる争いで、あるときから国家同士の争いになった。人間というのはそういうことをするもんだっていうのが、実際にあるわけですが、その中で、やっとたどり着いたわけでしょ、この平和憲法に。凄い理想主義でしょ。人間がそこまできたってのは、凄いこと。僕はそう思いますけどね。



才能のある人に会えるって、やっぱり楽しいですよね。



才能のある人はお金を使う名人でもあります。



採用試験に面接官として宮さんが登場すると、普通はやっぱり緊張するじゃないですか。そしたらしゃべるのは宮さんばっかりで相手にしゃべらせないんですよ。挙句の果てが、「面接っていうのはよくわかんない。どうしてだろう」って言うから、「自分がしゃべってるからですよ」って……。



作るのが面白かったんです。宣伝とか興行とかあるけれど、それは税金みたいなもんですよね。やんなきゃいけないっていう。



作家が何か言ってきたときに相槌をどう打つか。このタイミングを間違えると、作家と編集者の関係はうまくいかなくなります。相槌をうまく打つには、その作家の教養の元を知っていて、自分も同様の教養を身につける必要があるんです。



作家は作りたいものを作ろうとします。その作家のストレスは、失敗が許されない今の日本映画界では大変なものです。だからプロデューサーの第一の仕事は、監督の味方になることです。



作品のテーマは、作りながら見えてくるのだ。だから日本では、別途、脚本家を立てて物語を発注しても、それはおおむね役に立たない。



雑な言い方をすると、「ナウシカ」の時は自然を破壊する人は悪い人、という単純明快な論理で作れば良かった。でも、「もののけ」では、「もうそれだけじゃ無理だ」という宮さんの悩みがそのまま表れた。



雑誌の特集タイトルは内容を端的に伝えるものでなくてはいけない。これは僕が『アニメージュ』の編集長時代、皆に要求していたことです。例えば企画を決めるとき、部下たちには最初から特集のタイトルを出せと言うんです。そのタイトルが決まっていないと、取材の方向も変わってしまう。



雑誌を例に挙げると、極論すれば雑誌はタイトル一つで売れるんですよ。僕が手がけた『アニメージュ』の場合、「機動戦士ガンダム映画案」と表紙に謳った号は完売するまで三日かからなかった。この当時、『機動戦士ガンダム』を映画にするという話は、まだどこからも出ていないんです。



仕事は公私混同でやった方がいいということ。仕事ばかりして、プライベートが無いなんてつまらないでしょう。だから逆転の発想で、仕事もプライベートも一緒にして、公も私もないようにしちゃう。仕事仲間や取引先とも公私混同で裸でぶつかり合う。その方が絶対面白い。



仕事は公私混同でやる。これにつきる。あとは、この仕事でやってほしいと他人に頼んだら、すべてをまかせる。



仕事は本音ではなく、建前の方がいいとも思っています。本音になると嫌なことも考えますし、それをお互いにぶつけ合っても仕方がないと思っています。建前ならそれを出さなくても、前に向かっていけると思うんですよね。



仕事をする仲間との相性が非常に大事だと思いますね。会社じゃないですよ。働く人間に誰を選ぶかです。それは映画の協賛企業についても同じことです。



子供の頃、親父に連れられてよく映画館には行きましたが、昔は劇場のことをションベン小屋って言ってね。スクリーンの両隣がトイレだったわけですよ。だから前のほうの席は臭ったけれど、それでも好きな空間でしたねえ。雑多で、何が始まるか分からない。僕にとっては、わくわくする空間でした。



死はいつ訪れるか分からないでしょ? だから死を強く意識すれば、人は充実して生きる。僕は、そう思っています。



時代の洗礼からは誰も逃れられない。



自分が携わった作品は、出来上がってしまうとほとんど観ません。今回、久しぶりに「ナウシカ」を観ましたけど、まだまだ楽しめませんでしたね。「あぁ、この場面はあいつが大変だったなぁ」などと思い出してしまって。しっかり観直すのは、老後の楽しみにとっておきます。



自分が好きなことを人に喋ることはやったほうがいいよ。それは大事なことなんだよね。



自分が編集者として培ってきた仕事で、読みやすいのは明朝体とゴシック体だと思うんです。例えば『となりのトトロ』と『火垂るの墓』の二本立てでは、『トトロ』が明朝で、『火垂る』がゴシックなんです。普通『トトロ』のようなタイトルの場合、明朝やゴシックは絶対に使わないはずなんです。



自分に何が出来るかを見極めながらコツコツとやっていく。それは歩みこそ遅いけれども、未来を切り開くことになるわけじゃないですか。小さなことを積み重ねた結果、できることもあると思うんですよ。僕自身がそうですから。おこがましいですけれど、こういう成功例もあるよと強く言いたいです。



自分のことなんかどうでもいい。人のために生きるんだと。今の人は何でも全部自分のことばかり考える。いつまでも心の旅なんかやっていても仕方がない。目的地には到達しませんよと。そこから抜け出て外面で生きることが、今は重要なんだと思うんです。



自分の判断や考えが正しいかどうかは自分では分かりません。何かについて判断をしなければならなくなったら、僕はいろいろな人に新鮮な感覚で感じてもらって意見をいただく。自分の感性が正しいか、間違っているかの判断材料を提示してもらうのです。



自分もわからなかった、自分の頭では思いつかないようなこと、そういうシーンに自分が出会いたいんですよ、宮さんは。未来に起こることを、自分がそこへ行って見ていたい。それを写生して描く。だから、決して高みの見物で登場人物を、手の上の駒のように動かしてるわけじゃないんですよ。



自分より優れた才能を持った人がいて、そしてその才能を世間に出したいと思った。だって、ほっといたらその才能は埋もれちゃうわけじゃない? ぼくは、せっかくそういう才能の人がいるんだから、世に出して、世に問いたかった。



実はハウルの城の足の部分の作画は、最初CGでやっていたんですよ。でも実際にラッシュを観ると、CGの足の動きだと城の上の方が軽く見える。僕はその部分に違和感を持ったので、宮さんに「あれは手で描いたほうがいいんじゃない?」って提案したんです。



実は僕、庵野くんの作った『新世紀エヴァンゲリオン』の映画版は観てなかったんですが、対談した後に初めて観たんですよ。そしたら、なーんだ、エヴァンゲリオンは巨神兵じゃないかと思ったんです。今度会ったら言おうと思って。お前、巨神兵でエヴァンゲリオン作ったんだなって(笑)。



実は僕もアメリカが大好きでね、同時にアメリカが大嫌いな世代なわけです。どういうことかというと、家にテレビがやってくるでしょ。そうすると流れている番組は、向こうのホームドラマだったりするわけですよ。玄関開ければ広いリビングがあって、キッチンには大きな冷蔵庫もある。憧れましたよねえ。



社員旅行で行った瀬戸内海の風景を宮さんが気に入って、瀬戸内海のとある港町の崖の上にある保育園が舞台の『崖の上のいやいやえん』という企画になりました。ところがその後、問題が起こりましてね……宮さんが「保育園の話を映画で作るより、本物の保育園を作りたい」と言い出した。



宗介の母親のリサが車を運転しているシーンで、対向車がやってきた際、ハンドルを左に切るのですが、迫力がなくて驚きました。腕が落ちたんじゃないかと思ったほど。でも、後でわざとやっていると分かりました。今までだったハラハラドキドキするような場面を、ことごとく肩透かしにしているんです。



終わったものは終わったものであり、いま動いているこの瞬間が大事である。



出会った相手が去っていくのはいい、でも自分からは去りたくない、それは決めてたんです。



出会って自分から離れてったら終わりだと思ってたんです。どういうことかって言ったら、宮崎駿と高畑勲と組んだプロデューサーってみんな1本で終わってるんですよ。その後、そのプロデューサーってろくな末路じゃないんです(笑)。



出資側は特別協賛とタイアップを混同するんですね。その要求をいかにはね返すかが、僕の仕事でした。もちろん、そうはいっても、企業の協力がないと宣伝が出来ない。非常に難しい問題でしたが、僕は『天空の城ラピュタ』からそれに対応するノウハウを学んでいったんです。



少し専門的なことを言いますけどね、ジブリの作品てほとんどが、ワンカット5秒で成り立ってるんですよ。芝居をちゃんと見せるために秒数が長いんです。



昭和四〇年代に入って映画界が斜陽になると、宣伝コピーがクローズアップされていくんです。



常に考えているのは、ファンタジー要素をどうやって入れるか。日常のお話だとしてもね。で、ジブリ作品って確かにファンタジーだけれど、現実を前提にしておいて、どこかにファンタジーを出していくんですよ。これが特徴でしょ。



新しい技術によって、映画の内容も変わっていく、その事は僕も認めています。そもそも、映画そのものが科学の産物であって、技術革新によって発展したものですから、それは否定しません。でも、宮さんと僕がやっている間は、やっぱり手描きのアニメーションにこだわりたいんですね。



人は人との関係で何かをやると思っている。映画だろうが、漫画だろうが、音楽だろうが、必ず誰かが介在する。やっぱりその中で生まれるもの。人間の世界っていうのはね、1+1が3になったり、10になったりする。逆に、マイナスになることもあるけどね。



人間の価値観は二個、いや三個かな。それくらいしかないと、僕は思っています。要するに、面白いか面白くないか。美しいか醜いか。そして最後が、正しいかどうか。僕が映画作る時、大事なことは、面白いかどうかですよね。それと、美しいか醜いか。でも、正しいかどうかって、本当は意味がない。



人間の動きをコンピュータに取り入れてCGでキャラクター化しても、それは立体の部分でしかない。もしウケるゲームを作ろうとするなら、ショットごとにどうやって時間や空間の歪みを行うか、誇張を獲得するかを表現として考えなくてはいけないと思うんです。



西洋人は設計図をきちんと作るだけでなく、ありとあらゆるものを正確無比に構成します。キャラクターづくりにしても、ちゃんと人形を作って立体のつもりで絵を描こうとする。だけど宮崎駿は絵コンテを見ていても、話の都合によって、3階にいた主人公が次のカットで2階に行ってしまったりするんです。



昔から芸術はパトロンが支えていた。ジブリにも徳間書店の徳間康快社長や日本テレビの氏家斉一郎会長というパトロン的理解者がいました。



昔の撮影所の監督と違って、現代の監督は大変です。一度こけると、もう二度とチャンスがないかもしれない。



昔はね、ヒットは関係なかったんです。作るほうが面白かった。宣伝の“せ”の字もないですよ。



千尋のモデルはふたりいて、前半と後半で見事に分かれているんです。



宣伝で嘘をついてはいけないと僕は思っています。ただ、拡大解釈はいいかな、と。『イノセンス』はそれを最大限やったんです。押井守は喜んでくれましたけど。



宣伝用のポスターでは、タイトルロゴも含めて、トータルなデザインが大切ですね。できるだけシンプルにしたい。だから「一大巨編」とか「構想何年」といった煽り文句は、ジブリ作品では絶対使わないんです。



大事なのは「いま」「目の前」です。「昔」はもう、どうでもいいんです。宮さんとはもうかれこれ三〇年、ほとんど毎日といっていいほど話してますが、昔の話はしたことがない。いつも「いま」です。



中世ヨーロッパというのは広大な森の海だった。そこに点々と都市が生まれる。森を開発していったわけです。次には、都市と都市を繋ぐ道路が作られる。そうやって森が切られていく過程で、人間は動物性を失い始めるんですよ。



調査をすると80%の人が原発の安全を信じていましたよ。僕は逆に反対派が80%はいると思い込んでいたんですが。そういったこともありましたからどこかで原発問題は自分とは無関係ではないと感じていたし、いつか嫌なことが起きるのではないかという思いが強くありました。それが予想以上に早く来た



登場シーンって大事でしょう。宮崎駿は、オープニングでルパンと次元がカジノから大金を盗んでくるシーンから始めていました。もう、明らかに泥棒コンビですよね。一瞬のうちに、彼らがどんな人か分かるんです。



当たり前ですけど、映画はストーリーが伴いますよね。それで、「ストーリーが単純で表現が豊か、ストーリーが単純で表現が複雑」っていう作品はね、お金がかかるんですよ。逆にいうと、「ストーリーが複雑で表現が単純」これ、お金がかからないんですよ。



当たり前のことを指摘するのは、編集者の役割だと思っています。



徳間康快っていう人は、新しいことをやるのをみんな後押ししてくれた人なんです。失敗してうまくいかなかったとするじゃないですか? すると過去を水に流すん人なんです、忘れちゃうんですよ。



徳間傘下でやる時に大きかったのは徳間康快社長という人なんですよ。僕らのやることに何の文句もつけなかったんです。だから僕にとっては、宮崎駿、高畑勲という作家の存在も重要なんだけれど、徳間康快という人の存在も、映画の仕事を続けていく上でものすごく大きかったんです。



日本が起こした戦争をどう描くかによって、将来の日本のビジョンが見えてくる。今回、宮さんらしいなと思ったのが、国のために色々やった人を描くんじゃない、というところ。それは、どの作品でも一貫してると思います。



日本が豊かになってからはね、衣食住のうえに付加価値があったわけでしょう。だから、ぼくらの映画でなにを描いてきたかっていうと、常に付加価値を吹っ飛ばして、この衣食住をやってきたんですよ。



日本には美しい森林もある。自分の国は自分で守るという考え方もあるでしょうが、平和憲法を持ち、森と水がきれいな国をね、みんな侵せますか。そこへ侵略する国があったら、世界の非難を受ける時代でしょ。



日本のアニメーション界で言えば、ぼくもいろんな人とつきあってきていますけれど、いちばん宮崎駿に近いことをやっているのは、高畑勲さんですよね。彼は絵は描けないけれども、絵はぜんぶ自分が支配する監督なんです。



日本のものを正当に外国の人に評価してもらうのって、至難の業だと思っているんですよ。本質をちゃんと受けとめてもらえているのだろうか、っていうことでいうと、甚だ疑問があるんですよね。外国は、全体から部分を作る。日本は、部分から全体にいく。まったく違う発想なんです。



日本映画全盛の昭和三〇年代は、各社ともスターに寄りかかって広告を打てばよかった。また、作品のタイトルがコピーそのものだったんです。出ている役者によって客が来るか来ないかが決まっていた時代ですから、作品ごとの差別化はタイトルでなされていたんですね。



日本人が絵を描くと、宮さんなんかもそうなんですけど、面白い絵を描くんですよね。レンズをご存知の方だと分かりやすいんですけど、一枚の絵で真ん中は標準で描いてあるんですよ、それでね周りは広角なんですよ。それが一枚の絵の中に全部入っている。これは、外国の人にはありえない。



日本人のしゃべり方は昔よりも遅くなり、動きも鈍くなってきている。つまり、どんどん動物から離れ始めているんです。



日本人は体験に基づいて、いろんなものを作ってきました。でも、今は体験自体がないから、アニメーションでも動きや表情が描けないわけでしょう。だから、日本の伝統的な技術や作家性は必然的に弱まっていると思うんです。あらゆる意味において、西洋に近づいてきています。



普通のアニメーション会社だったらね、テレビシリーズやったりね、いわゆる習作の時期があるんですよ。ところがジブリにはそういう作品がないでしょ。そうするといきなり登用しなきゃいけないわけですよ。



編集者として一番優れている雑誌コピーだと思ったのは、ロッキード事件で田中角栄が捕まったとき、『週刊新潮』が「大特集 角栄の復讐」という見出しの特集を組んだときですね。他の雑誌は「田中角栄逮捕」と書いている時期ですよ。その先を予想する特集を組んだわけです。これは売れたでしょうね。






ジブリ作品集



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