宮崎駿の名言

2014/08/04


宮崎駿

日本を代表するアニメ制作スタジオのスタジオジブリの中心的人物

東京都生まれ。学習院大学政経学部卒業後、アニメーターとして東映動画に入社。瑞鷹(ズイヨー)映像(現:日本アニメーション)に移り、アルプスの少女ハイジなどの製作に参加。未来少年コナンで監督デビュー。主な監督作品に『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『紅の豚』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ルパン三世カリオストロの城』

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アシタカの最大の特徴は、人に全然期待されないことなんですよ。旅の途中で戦いに巻き込まれた人間を救ったりしますけど、感謝されるわけじゃないしね。アシタカの戦いは、ほとんど人が見てないところでやっていますよね。孤独な戦いをやってるんです。

アシタカはタタリ神に手を出すという、してはいけないことをしました。でもそれには人間の側として充分な理由があったわけです。それなのに死に至る呪いを受けてしまう。そのあたりが現代という時代に生きる人間と似ているんじゃないかなと思うんです。

これはスタッフに言ったんですけど、トトロは利口なのかバカなのか分からない。なにかもの凄く考えているかもしれないけど、なにも考えていないかもしれない。そういうふうに説明していました。

サンが「これはシシ神の森じゃない」と言うでしょ。でも、アシタカが「死んじゃいない」と言いますね。つまり、人間はいつも、いつも「自分たちがこれからどうやるのか」ということを考えて生きていくしかない。それしか道はないんですね。それが「生きろ」ということですから。

シータは、田舎娘だから、首なんかもすっごく太くしたんです。今の子供たちは、お姫さまを登場させると、それだけでひねくれちゃう、「かわいく生まれていいわね」って。じゃ、お姫さまなしでやろうと思って。でも、人間ってキラキラしてると魅力的ですよ。

そういう連中は、自分の予想があたらなくなると、ブツブツ言うんだよ。「分かんない」とかさ。分からないって言われたら、分からない奴がバカだって言える。“あんたに分かってもらうために映画を作るわけにいきません”って。誰でも思いつくことって、やっぱ面白くないんだよ。

どうしても表現したいものがあれば、こういう風にしたいんだけど、どうしてもできないだろうって、ジタバタして追いつめられていくうちに、技術なんて、あとからくっついてくるものなんです。

ぼくは自分のことを表現するのが、下手な子どもだったんですよ。なにか言わなきゃいけないときに、言わなかったとか。しなければいけないときに、たじろいだとか。そういう悔いをいっぱい持ってるんですよね。なにか、やりたりなかったんですよね。 心に響いたらRT♪

ぼくは世をすねた若者が主人公になってカッコつけてる映画は作りたくないと思う。パズーっていうのは、ふつうの少年。調子いいときは元気でも調子悪いとすぐいじけるっていう。それが追いつめられたとき、男一番ここでしりぞいてなるものかって決断する少年です。

みんなが不安だ不安だって言ってると滑稽なんですよ。だったら、それだけの努力してみろって。「おまえ、絵描いてんならちゃんと絵描いてみろ! 他のもん全部捨てろ! 修行しろ!」と。

やっぱり最終的に人が惹かれるのは、人間が手で描いた驚きにあると思います。手で描いたいい加減さとか、曖昧さとか、ある種の気分や気持ちが動きの中に出ているとか、そういうことがアニメーションの魅力の根源じゃないかって思うのです。

悪いことをしても天罰が下るわけではなく、良いことをしてもお褒めにあずかるわけではない。じゃあ何が違ってくるかというと、顔が違ってくる。豚の顔になるのか、少しはましな顔になるのか。

映画でキキが運んでいったパイが、ああいう扱いを受けたっていうので腹を立てる人はいっぱいいると思うんだけど、気がつかないうちにその腹を立てられる側をやってるんですよね。

映画評論家なんてね、ずっと映画観てるわけでしょ?絶対頭おかしいと思うんですよ。映画をそんなにいっぱい観られるはずがない! まともな感受性だったら。絵だってね、いい絵だなって、次から次へ一日何枚も観れるかって、観られっこないってこと。

何が混乱だ。誰が混乱するんだ。誰が混乱するって言ったんだ! 何が混乱するんだ! 休んでしまった方が混乱だよ、それが!

個性ってことを誤解されてると思うんです。他人と共有できるものをどれだけ持っているか。それが、実は重要な分母なんですよね。共有できるものをいっぱい持てば、自ずとその上にその人間の個性っていうものが反映されてくるんです。

今のお客さんは、いっぱい見すぎてるからね。だから、すぐ「あれだな」とかさ。そういうゲームのように当てるのが好きな奴がいるんですよ。「こうなると思った」とかさ、思い当たるでしょ? すぐそういうことを得意げに言う男がいるでしょ。

今まで広げてきた風呂敷に対して、自分たちが対応できるかどうかなんです。自分が言ってきたことを、そのとおりやればいい。やれなきゃ、もうただのホラ話でしょ。やれるか、やれないかのとこにいるんです。敵は全部自分なんです。

魂のない絵を描いてもしょうがないよ。

三食ごはん食べて、電気つけたり消したりして、と考えただけでいやになっちゃったんです。

子どもって、船は、夜になると山に登って寝るんだとか、そういうふうに思い込んでたりするんだよ。別に何もそれで困らないんだよ。それを、船はそのまま海に浮いてるだけですよって、教える必要があるとは、おれは思ってないんだよね。鯨が山に登って寝る映画作ってもいいんじゃないかと思ってる。

子供っていうのは、可能性の生き物なんですよ。たくさんの選択肢を、毎日持ってるんです。大人も実はそうなんですけどね。

児童文学で一番衝撃をうけたのは『いやいやえん』です。これは学生時代に読んだのですが、「出た」というふうに思いました。この作品の何がすごいかって、子どもの心の中はこうだというふうに僕は思ったんですよ。

自我のために映画を作っているのを見ると、うんざりするんです。出口がないのがわかっているような、自我のほじくり返しとか、そういう映画はもうやめたほうがいい。

自分が確信してやってきた道筋が、このままではダメだって、かなり土壇場になって分かるんです。別の道を見つけなければいけなくなる。そうなったときから、映画作りが始まるんだと、やせ我慢でスタッフに言っています。

自分の目で見て、スケッチをいっぱいすること、それから、きちんと批判してくれる人をもつこと。厳しく。煽ててもらうよりも。そういう人を持つことが大事だと思います。

小さい子どものために一生懸命作ると、もっとほかの年齢の人たちにも通じると思っています。

少年と少女の役割は違うんですよね。ポニョを見ていただくと分かりますが、宗介はもっとも困難な、約束を守り抜くというヒロイックなことをやっているんですけど、あまり評価してもらえないんですよね。 でも、それが少年にかけられた、いちばん大きな大事な部分なんです。約束を守るっていう。

人間という生き物は壊れやすい部分や、不思議な力を持ってて、もう少し野放しにしてあげたほうが、実はちゃんと育つんだと言う当たり前のことにね、気がつけばいいんです。

人生そうたいしたことは起こらないって決めて生きれば、ずいぶん気がラクですよ。それでも生きるに値することってあるんです。ワクワクすることも出てくる。そんなに先のことが見えないと生きられないのか問いたいですね。これまでだって、先なんか見えた試しがない。

人恋しくなるほうが良いんです。ずっと人と付き合ってると、うんざりしてくるんです。だけど、一人でいると誰かと会いたくなる。だから、ちょうど良いんです。

世界は複雑で美しいのに、人はそれを容易に見落としてしまう。その複雑さを見つけることでその心は豊かになり、創造意欲が湧いてくるはず。そんな自分の中の創造的な部分を引き出す、感じられる空間を作りたい。

先頭を切って一生懸命やんなきゃ話になんない。死ぬ気でやるしかないんです。どんな方法でもとにかくあげるしかない。自分の人生のためにやるしかないんです。選んできたんだから、そういうふうに。

他人に迷惑をかけないなんてくだらないことを誰がいったのか知らないんですけれども、人間はいるだけでお互いに迷惑なんです。お互いに迷惑をかけあって生きているんだというふうに認識すべきだってぼくは思う。

大人になると人間は不自由になるけど、子供のときはずっと自由なんだというものの考え方があったと思うんです。けど、いつの間にか子供時代というのは、大人の時代のための投資の時期だというふうにしてしまったんですね。その先行投資が、いまことごとく裏目に出てるんだと思うんです。

知識や教養は力じゃないと思っているやつはずいぶん増えたけど、結局、無知なものはやっぱり無知ですからね。どんなに気が良くて、どんなに一生懸命でも、ものを知らないというのは、自分がどこにいるか知らないことですから。

朝起きて、すぐ布団をたたんでしまうっていうのをきちんとやるだけで、全然違うんですよね。 それやるだけで、全然違う人間になるんですよ。

髪の毛はただ、くっついてるもんだと思っている奴がいるけど、違うんです。大事な材料なんです。髪の毛には意識がないと思ってる奴は多いけど、髪の毛に意思はあるよ。 そうすると、つまらないカットでも楽しくなるんだよ。

飛行船に乗って東京の上空300メートルを飛んだんです。いやになっちゃいました。この土地は全部持ち主が決まっていて、全部人が住んでて、一日何枚も観れるかって、観られっこないってこと。

勉強なんてもっとあとでやっても間に合うんです。いまの子どもは物心ついた頃からずっと「間に合わなくなる」って脅かされ続けている。そうやって育てられた子どもたちが、少女売春をやっているんです。

僕は自分たちの仕事をクリエイティブな仕事というよりも、リレーのように考えています。僕らは子供の時に、誰かからバトンを貰ったんです。

本のアニメーションはね、観察によって基づいてない、ほとんど。人間の観察が、嫌いな人間がやってんだよ。だから、オタクの巣になるんだよ。だから、表現の幅が狭くなる。

日本の映画で日本の歴史が描かれると、いつも都を舞台に、侍や、決まった階級の人間しか出てこないことが、おかしいと思っていました。本当の歴史の主人公たちは、辺境の地や野原に住んで、もっと豊かで、奥深い暮らしをしてきたはずなんです。

日本の歴史が描かれると、いつも都を舞台に、侍や、決まった階級の人間しか出てこないことが、おかしいと思っていました。本当の歴史の主人公たちは、辺境の地や野原に住んで、もっと豊かで、奥深い暮らしをしてきたはずなんです。

日本人の没落というときに、何が一番気になるかといったら、今後右肩上がりの経済成長が続くとか、マルチメディアがどうしたとかいうことよりも、この国にいる子供たちが元気なのかどうかということが、僕は一番気になります。

漫画とアニメーションは、時間と空間の感覚がぜんぜん違うものなんです。それを心得ないと、つまらないことをしてしまいます。つまり、アニメーションを漫画に描いても面白くないし、漫画をアニメーションにそのまま移し替えても面白くないんです。

無意識の、もっと底に行かなきゃいけないんだよ。無意識じゃないんだよ。どこに繋がっているんだか分かんない底に行くんです。作品ってそうだよね。無意識っていうのは、個人のもんだけど、もっと下に個人のものじゃないものがある。

朗らかなものを描くのは、明るく描けばいいんじゃないんですよ。自分の中の朗らかを見つけなきゃいけないんですよ。

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