北原 白秋の名言集

2014/03/18


Kitahara Hakushu

北原 白秋 (きたはら はくしゅう、1885年(明治18年)1月25日1942年(昭和17年)11月2日)

日本人の詩人、童謡作家、歌人。本名は北原 隆吉(きたはら りゅうきち)。詩、童謡、短歌以外にも、「松島音頭」や「ちゃっきり節」等の民謡も書き、あらゆるジャンルで傑作を生んだ。生涯に数多くの詩歌を残し、今なお歌い継がれる童謡を数多く発表するなど、日本を代表する詩人である

1885年1月25日、熊本県玉名郡南関町に生まれ、まもなく柳川にある家に行く。父・長太郎、母・シケ。北原家は江戸時代以来栄えた商家(油屋また古問屋と号し、海産物問屋であった)で、当時は主に酒造を業としていた。1887年、弟鉄雄が生まれる。またこの年、白秋に大きな影響を与えた乳母シカがチフスで逝去する。

  • 鳴いそな鳴いそ春の鳥。 赤い表紙の手ざはりが 狂氣するほどなつかしく、 けふも寢てゆく舟の上。 『思ひ出』-アラビアンナイト物語
  • どれどれ春の支度にかかりませう紅い椿が咲いたぞなもし 『桐の花』
  • おとなしく炬燵にはひり日暮なりふりつつやみし雪のあとの冷 『風隠集』
  • 『酒倉に入るなかれ、奧ふかく入るなかれ、弟よ、 そこには怖ろしき酒の精のひそめば。』 『兄上よ、そは小さき魔物ならめ、かの赤き三角帽の 西洋のお伽譚によく聞ける、おもしろき…………。』 『思ひ出』-酒の精
  • 赤い鳥、小鳥、 なぜなぜ赤い。 赤い実をたべた。 白い鳥、小鳥、 なぜなぜ白い。 白い実をたべた。 青い鳥、小鳥、なぜなぜ青い。 青い実をたべた。 童謡-赤い鳥小鳥
  • 旱天(ひでりぞら)夜も火気(ほけ)だちていちじるき横雲の上に蠍座が見ゆ 『白南風』
  • 雨、雨、いっちまえ、 またいつかきなよ、 はよでてあァそぼに。 『まざあ・ぐうす』-雨、雨、いっちまえ
  • 香ひのピアノは、一つ一つキイを叩くごとに、一つ一つ記憶が奏鳴する。 『香ひの狩猟者』
  • ひさしぶりの楽しい暇だ、 今日は本でも読まうよ。 なにかしら親しいこの曇りに わたしは餅でも焼きたくなった。 『水墨集』-雪後の曇り
  • 桜小学校に桜の校歌成りにけり子ら歌ふ頃は花の咲かむぞ 『白南風』
  • 鳥籠に黒き蔽布(おほひ)をかけしめて灯は消しにけり今は寝ななむ 『黒檜』
  • 馬鈴薯の花咲き穂麦あからみぬあひびきのごと岡をのぼれば 『桐の花』
  • しばらくは 事もなし。 かかる日の雨の日ぐらし。 『邪宗門』-雨の日ぐらし
  • よかつたな、雨が霽れて、 涼しいな、 朝のお茶もいいものだな、 ほう、小さな栗の毬だな、 まだ青いね、 おや、ありやさいかち虫だね、 もうきちきちやつてるぞ、 ほう、墓石に陽が射したね、 ほう、緑だ、 すばらしい緑だ、 おい、菊子、菊子、 飯だ、飯だ。 『水墨集』-朝
  • 汽車はゆくゆく、二人を載せて、 空のはてまでひとすぢに。 今日は四月の日曜(どんたく)の、あひびき日和(びより)、日向雨(ひなたあめ)、 塵にまみれた桜さへ、電線(はりがね)にさへ、路次にさへ、 微風が吹く日があたる。 『東京景物詩及其他』-汽車はゆくゆく
  • 落葉焚き焚き、 ひとり遊ぶこころの 何か果敢なくなりけり。 もひとつ強く燃さうよ。 『水墨集』-焚火
  • ほのぼのと人をたづねてゆく朝はあかしやの木にふる雨もがな 『桐の花』
  • 秋まさに深井かきさらへあはれなり包丁と鍋と西瓜が出て来ぬ(井戸さらへ) 『橡』
  • わっしょい、わっしょい、 わっしょい、わっしょい、 祭だ、祭だ。 背中に花笠、 胸には腹掛、 向う鉢巻、そろいの半被で、 わっしょい、わっしょい。 童謡-お祭
  • 厨戸(くりやど)は夏いち早し水かけて雫したたる蝦蛄のひと籠 『白南風』
  • Whiskyの罎の列 冷やかに拭く少女、 見よ、あかき夕暮の空、 その空に百舌啼きしきる。 『邪宗門』-WHISKY.
  • 燃ゆる思を、荒野にさらし 馬は氷の上を踏む 人はつめたし、わが身はいとし 街の酒場は、まだ遠し  わたしや水草、風ふくまゝに ながれながれて、はてしらず 晝は旅して、夜は夜で踊り 末はいづくで果てるやら 愛唱歌-さすらいの歌
  • 幼なごころのにくしみは 君の來たらぬつかのまか。 おしろひ花の黄(きな)と赤、 爪を入るれば粉のちりぬ。 『思ひ出』-白粉花
  • 黄だ、赤だ、雪白、紫、緑いろ、 白玉葵、赤玉葵、 スウィートロッケット、シャスターデーシー、 また、金蓮花、 そして、ちらちら、コスモスの淡紅(うすべに)いろの花盛りだ。 そして細かな雨が降る。 『フレップ・トリップ』
  • 雪の夜の紅きゐろりにすり寄りつ人妻とわれと何とすべけむ 『桐の花』
  • うれしくておれは鰌を踊るなりこれは大きい印旛沼の鰌 『海坂』-牧水へ
  • 二人手ヲ取リ語ルコト、 皆イチイチニ嘘ゾカシ。 一人デ居テスラ、コノ男、 己レト己レヲタバカリヌ。 『白金之独楽』-嘘 
  • 指さきのあるかなきかの青き傷それにも夏は染みて光りぬ 『桐の花』
  • 水の面に白きむく犬姿うつし口には燃ゆる紅の肉 『雲母集』
  • 寝てよめば黄なる粉つく小さき字のロチイなつかしたんぽぽの花 『桐の花』
  • お庭の花壇にぶたがでた。 それいってとっつかめ。 小麦の畑にうしがきた。 はしれ、はしれ、男の子。 クリイムのおなべにねこがいる。 はしれ、はしれ、女の子。 山火事だ。 はしれ、はしれ、男の子。 『まざあ・ぐうす』-花壇にぶた
  • わが父を深く怨むと鰻籠蹴りころばしてゐたりけりわれ 『雲母集』
  • 男泣きに泣かむとすれば龍膽(りんどう)がわが足もとに光りて居たり 『桐の花』
  • 祭が過ぎた、たうとう、 山から聴いてて過ぎて了つた。  花火も浜から揚がつたやうだが、 それさへおちおち見ずに了つた。 『水墨集』-祭のあと
  • なんでこの身が悲しかろ。 空に真赤な雲のいろ。 『邪宗門』-空に真っ赤な
  • あの光るのは千曲川ですと指さした山高帽の野菜くさい手 『海阪』
  • 明日こそは 面(かほ)も紅めず、 うちいでて、 あまりりす眩ゆき園を、 明日こそは 手とり行かまし。 『思ひ出』-断章五十五
  • 上々きげんででてきなよ。でなけりゃおことわり。 夕飯うっちゃって、石盤うっちゃって、 街へでてきなよ、あそびなかまがまっているに。 ときの声あげて、とんだりはねたりしておいで、 お月さまの光にぐるぐるまわっておどりましょう。 『まざあ・ぐうす』-お月さま光る
  • アメアメ フレフレ、カアサン ガ ジャノメ デ オムカイ、ウレシイナ。 ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン。  童謡-アメフリ
  • にほやかに君がよき夜ぞふりそそぐ白き露台の矢ぐるまの花 『桐の花』
  • 深潭(しんたん)の崖の上なる赤躑躅(あかつつじ)二人ばつかり照らしけるかも 『雲母集』
  • 移るべき家をさがすと春早し土耳古の帽をかぶりつつ出つ 『白南風』
  • わが友よ、はや眼をさませ。 かなた、いま白む野のそら、 薔薇にはほのかに薄く 菫よりやや濃きあはひ、 かのわかき瞳さながら あけぼのの夢より醒めて わだつみはかすかに顫ふ。 『邪宗門』-朝
  • 君と見て一期の別れする時もダリヤは紅しダリヤは紅し 『桐の花』
  • くわうくわうと鴨は呼べどもよるべなき池のまなかの水の上にして 『橡』
  • 人は死に生きたる我は歩きゐて蛤をむく店を見透かす 『橡』
  • 枇杷の木に黄なる枇杷の実かがやくとわれ驚きて飛びくつがへる 『桐の花』
  • はやも聴け、鐘鳴りぬ、わが子らよ、 御堂にははや夕(よべ)の歌きこえ、 蝋の火もともるらし、?(ろ)を抜けよ。 もろもろの美果物(みくだもの)籠に盛りて、 汝が鴿(はと)ら畑に下り、 しらしらと 帰るらし夕づつのかげを見よ。 『邪宗門』-?を抜けよ
  • どんぐりの実の夜もすがら 落ちて音するしをらしさ、 君が乳房に耳あてて 一夜(ひとよ)ねむればかの池に。 どんぐりの実はかずしれず 水の面(おもて)に唇(くち)つけぬ。 お銀小銀のはなしより どんぐりの実はわがゆめに。 『思ひ出』-どんぐり
  • 楠が萠え、ハリギリが萠え、朴が萠え、篠懸の並木が萠える。  そうして、私の 新しいホワイトシヤツの下から青い汗がにじむ、 植物性の異臭と、熱と、くるしみと、…… 芽でも吹きさうな身体のだらけさ、 (何でもいいから抱きしめたい。) 『東京景物詩及其他』-青い髯
  • 検温器かけてさみしく涙ぐむ薄き肌あり梅雨尽きずふる 『桐の花』
  • このごろはくつろぎにけり。歌よめばよくもあしくも、 墨磨れば濃けれうすけれ、うれしくも恍れて書きけり、ただ楽しみて。 『風隠集』
  • 夕さればひとりぽつちの杉の樹に日はえんえんと燃えてけるかも 『雲母集』
  • リンデンの枝は枯れ、 冬はまた貧しくなるを。 光れ、鶴、雲が軋つた。 『水墨集』-月夜の池
  • 石崖に子ども七人腰かけて河豚を釣り居り夕焼小焼 『雲母集』
  • わが佳?(とも)よ、いざともに野にいでて 歌はまし、水牛の角を吹け。 視よ、すでに美果物(みくだもの)あからみて 田にはまた足穂垂れ、風のまに 山鳩のこゑきこゆ、角を吹け。 『邪宗門』-角を吹け
  • 光沢(つや)のある粋な小鉢の 釣鐘草、 汗ばんだ釣鐘草、 紫の、かゆい、やさしい釣鐘草、 さうして噎びあがる 苦い珈琲(カウヒイ)よ、 熱い夏のこころに 私は匙を廻す。 『東京景物詩及其他』-六月
  • ただならぬ積雲の下に馬鈴薯むく手にリズムありナイフは輝りぬ 『牡丹の木』
  • 童女よ、坐れ、むらさきの まつげにやどる露ならば。 はかなけれども、ほのぼのと 地球も燃えて行きめぐる。  『海豹と雲』-童女
  • 燕、燕、春のセエリーのいと赤きさくらんぼ啣え飛びさりにけり 『桐の花』
  • 心は安く、気はかろし、 揺れ揺れ、帆綱よ、空高く…… 『フレップ・トリップ』
  • 池水は緋鯉ことごと死に絶えし後掻き出して今日の虚しさ 『橡』
  • わが世さびし身丈おなじき茴香(うゐきやう)も薄黄に花の咲きそめにけり 『桐の花』
  • 色冴えぬ室にはあれど、 声たててほのかに燃ゆる 瓦斯焜炉………空と、こころと、 硝子戸に鈍ばむさびしさ。 『邪宗門』-秋のをはり
  • 罅(ひび)入りし珈琲椀に ?夫藍(さふらん)のくさを植ゑたり。 その花ひとつひらけば あはれや呼吸のをののく。 昨日を憎むこころの陰影にも、時に顫えて ほのかにさくや、さふらん。 『思ひ出』-?夫藍
  • たちまちにして歌成るこのよろこびを妻に言挙げて我がくちつけぬ 『白南風』
  • 蛞蝓(なめくじ)のろのろ、ナ、ニ、ヌ、ネ、ノ。 納戸にぬめって、なにねばる。 童謡-五十音 
  • りすりす小栗鼠、ちょろちょろ小栗鼠、杏の實が赤いぞ、食べ食べ小栗鼠。 りすりす小栗鼠、ちょろちょろ小栗鼠、山椒の露が青いぞ、飲め飲め小栗鼠。 童謡-栗鼠栗鼠小栗鼠
  • 「歌ができましたよ、ありがたい。」と私は云つた、 「おお、さうかん、わたしもありがたか。」 二人はうつとり見上げてゐた。 紅い椿の花に日があたつた。 『水墨集』-江の嶋
  • 日の照り雨(あァめ)、 小半時ももてぬ。 『まざあ・ぐうす』-日の照り雨
  • 祭が来るのか、いよいよ、 さうだ、もうそのじせつだ。 祭と云へば楽しかつたよ。 したが、もう、過ぎた昔だ。 竹煮草(たけにぐさ)よ、 白芥子(しらけし)よ、 ほのかな月夜に煙つてくれ、 わたしの祭は過ぎて了つた。 『水墨集』-祭のまへ
  • けふもまた泣かまほしさに街にいで泣かまほしさに街よりかへる 『桐の花』
  • よく冷やして冷やき麦酒はたたき走る驟雨のあとに一気に飲むべし 『白南風』
  • 悲しくも思かたむけいつとなくながれのきしをたどるなりけり 『雲母集』
  • 何知らず秘めに秘めたる重大はまたひとつ書かず朝刊夕刊 『橡』
  • せんだんの葉越しに、 青い鳥が鳴いた。 『たつた、ひとつ知つてるよ。』つて、 さもさもうれしさうに、かなしさうに。 『思ひ出』-青い鳥
  • こまごまと茱萸(ぐみ)の鈴花砂利に散りあはれなるかなや照りのはげしさ 『白南風』
  • 雨がふる、誰も知らぬ二人の美くしい秘密に 隙間もなく悲しい雨がふりしきる。 『東京景物詩及其他』-河岸の雨
  • 日も暮れて櫨(はじ)の実採(とり)のかへるころ廓の裏をゆけばかなしき 『桐の花』
  • 芥子は芥子ゆゑ香もさびし。 ひとが泣かうと、泣くまいと なんのその葉が知るものぞ。 ひとはひとゆゑ身のほそる、 芥子がちらふとちるまいと、 なんのこの身が知るものぞ。 わたしはわたし、 芥子は芥子、 なんのゆかりもないものを。 『東京景物詩及其他』-芥子の葉
  • 銀杏は緑いろの実だ、 火に寄せると金いろの輝きをして 苦いほど焦げる。―― もひとつ作らう、小さな木の槌と台帖(だいしき)とを、 また、秋風の夜を坐らう。 『水墨集』-銀杏
  • 初冬の朝間、鏡をそつと反して、 緑ふくその上に水銀の玉を載すれば ちらちらとその玉のちろろめく、 指さきに觸るれば ちらちらとちぎれて せんなしや、ちろろめく、 捉へがたきその玉よ、小さき水銀の玉。 『思ひ出』-水銀の玉
  • ほのかにもやはらかきにほひの園生。 あはれ、そのゆめの奥。日と夜のあはひ。 『邪宗門』-夢の奥
  • 照る月の冷さだかなるあかり戸に眼は凝らしつつ盲ひてゆくなり 『黒檜』
  • 白梅の咲きの盛りをうれしうれし弟も来ぬ弟嫁も来ぬ 『風隠集』
  • 新らしき野菜畑のほととぎす背広着て啼け雨の霽(は)れ間を 『桐の花』
  • 洋妾(らしやめん)の長き湯浴をかいま見る黄なる戸外(とのも)の燕(つばぐら)のむれ 『桐の花』
  • 舗装路の真鋳の鋲雨ふりは横ぎる我の踏みつつもとな 『牡丹の木』
  • 夏はさびしコロロホルムに痺れゆくわがこころにも啼ける鈴虫 『桐の花』
  • 驟雨の後日の照り来る草野原におびただしく笑ふ光感ず 『夢殿』
  • 鳥が鳴いてる……冬もはじめて真実(しんじつ)に 雨のキヤベツによみがへる。 『東京景物詩及其他』-キヤベツ畑の雨
  • 冬青(もち)の葉に走る氷雨の音聴けば日のくれぐれはよく弾くなり 『白南風』
  • 晩春の濁重たき靄の内、 ふと、カキ色の軽気球くだるけはひす。 『邪宗門』-濁江の空
  • 山(やアま)のあなたを 見わたせば、 あの山恋(やまこウい)し、 里こいし。 山(やアま)のあなたの 青空よ、 どうして入日が 遠ござる。 山(やアま)のあなたの ふるさとよ、 あの空恋(そらこウい)し、 母恋し。 童謡-山のあなたを
  • いそがしき葬儀屋のとなり、 駅逓の局に似通ふ両替のペンキの家に、 われ入りて出づる間もなく、 折よくも電車むかへて、そそかしく飛びは乗りつれ。 いづくにか行きてあるべき、 ただひとり、ただひとり、指すかたもなく。 『思ひ出』-断章五十四
  • 夏の日なかのヂキタリス、 釣鐘状に汗つけて 光るこころもいとほしや。 またその陰影にひそみゆく 螢のむしのしをらしや。 『思ひ出』-蛍
  • 腕時計父のウオルサムと合はしゐて燈かげ寒きにほつり母を言ふ 『牡丹の木』
  • 土手のすかんぽ、 ジャワ更紗。 昼は蛍が ねんねする。 僕ら小学、 尋常科。 今朝も通って、 またもどる。 すかんぽ、すかんぽ。 川のふち。 夏が来た来た、 ド、レ、ミ、ファ、ソ。 童謡-酸模の咲く頃
  • ぼう、うぉう、うぉう、 おまえさんどこのいぬ、 わたしゃティンカアさんのいぬですよ、 ぼう、うぉう、うぉう。 『まざあ・ぐうす』-ぼう、うぉう、うぉう
  • くぬぎの燃ゆるにほひは くぬぎの枯れし香ぞする。 ただそれだけの事さへ、 うれしや、冬はさみしや。 『水墨集』-焚火 
  • 木星の常のありどの空にして今宵しら雲の湧きゐたりける 『橡』
  • 耳いたむ妻とこもりて夜はふかし物のこまかにはじく雨あり 『白南風』
  • 飛ぶ、 飛ぶ、 黒、白。黒、白。黒、白、白、白、 白、白、白、白、 黒、 黒、黒、 ひりいりい、ひりいりい、ひょう、 ひょうと来た、 何と、世界より大きく見える翼、 一羽が来た。 『フレップ・トリップ』
  • すずろかにクラリネツトの鳴りやまぬ日の夕ぐれとなりにけるかな 『桐の花』
  • 弟は水の邊(へ)に立ち、 聲あげて泣きもいでしか。 われははた胡瓜の棚に 身をひそめすすり泣きしき。 かくしても幼き涙 頬にくゆるしばしがほどぞ、 珍らなる新らしき香に うち噎(むせ)びなべて忘れつ。 『思ひ出』-胡瓜
  • 小夜中は五重の塔のはしばしに影澄みにけり小糠星屑(こぬかほしくず) 『白南風』
  • ああ冬の夜のひとり汝がたく暖炉(ストーブ)の静こころなき吐息おぼゆる 『桐の花』
  • しみじみと二人泣くべく椅子の上の青き蜥蜴をはねのけにけり 『桐の花』
  • なまけものなまけてあればこおひいのゆるきゆげさへもたへがたきかな 『桐の花』
  • くさばなのあかきふかみにおさへあへぬくちづけのおとのたへがたきかな 『桐の花』
  • 三月、風よ。 四月は雨よ。 五月は花の花ざかり。 『まざあ・ぐうす』-三月、風よ
  • 金いろの陽は 匍ひありく弟の胸掛にてりかへし、 そが兄の銀の小笛にてりかへし、 護謨(ゴム)人形の鼻の尖りに彈(は)ねかへる。 二人が眼に映るもの、 いまだ酸ゆき梅の果、 土龍(もぐら)のみち、 晝の幽靈。 『思ひ出』-兄弟
  • オスラム電球ひたと見つめてゐたりけり何ぞ夜風の息のみじかさ 『白南風』
  • 日かげには茗荷のしろき花咲きて、 虫の音に湧きいぢる幸(さいはひ)は満ち、 母のまみ子のまみと会ふ。 ああ、今よ、 母は子に乳をふくますと 子の父のその母のこと思ふらむ。 はたや、子は母にすがると、 その母のをさな姿の早や現れぬ。 『海豹と雲』-母と子
  • 大空に何も無ければ入道雲むくりむくりと湧きにけるかも 『雲母集』
  • 君がピンするどに青き虫を刺すその冷たさを昼も感ずる 『桐の花』
  • 鐘が鳴る丘の研究所の鐘が鳴る雪が消えたよ春が来たよと鐘が鳴る鳴る 『海阪』
  • あ、小さい太陽、朱だ。北だ。 波、波。紫紺の波、波、うねり波、 光、光、光、光、金の閃光、運動、 かっきりした水平線、 鳥だ、あ、ロッペン鳥(ちょう)だ。 『フレップ・トリップ』
  • 走る汽車クレオンで描けといふ子ゆゑ我は描き居り火をたく所 『風隠集』
  • 東へ行けば、 早や夜があける、 ラランとあける。 牡丹のように ラランとあける。 西行く子ども、 すぐ日が暮れる。 チロリと暮れる。 茅花のように チロリと暮れる。 童謡-東へ行けば
  • 飛び越せ飛び越せ薔薇の花子どもよ子どもよ薔薇の花 『真珠抄』-子ども
  • からたちのそばで泣いたよ。 みんな、みんな、やさしかったよ。 からたちの花が咲いたよ。 白い、白い、花が咲いたよ。 童謡-からたちの花
  • 世界じゅうの海が一つの海なら、 どんなに大きい海だろな。 世界じゅうの木という木が一つの木ならば、 どんなに大きな木であろな。 『まざあ・ぐうす』-世界じゅうの海が
  • すずめさよなら、さよなら、あした。 海よさよなら、さよなら、あした。 童謡-砂山
  • 雪面のしろくまぶしき日の光林檎磨りつつ我はゐにけり 『橡』
  • 墓石に朴(ほほ)の散花(ちりばな)日を経れば縁(へり)朽ちにけり一弁一弁(ひとひらひとひら) 『白南風』
  • 朝ひらく黄のたんぽぽの露けさよ口寄する馬の叱られてゆきぬ 『風隠集』
  • ここに聴く遠き蛙の幼なごゑころころと聴けばころころときこゆ 『白南風』
  • 青柿のかの柿の木に小夜ふけて白き猫ゐるひもじきかもよ 『桐の花』
  • かきつばた男ならずばたをやかにひとり身投げて死なましものを 『桐の花』
  • そなた待つとて、夏帽子投げて坐れば野が光る ほけた鶯すみればな、 それかあらぬかたんぽぽか、羽蟻飛ぶ飛ぶ、野が光る。 チヨンキナ、チヨンキナ、 チヨンキナ踊を、 楡(にれ)の羽蟻がひとをどり。  『東京景物詩及其他』-そなた待つ間
  • いなかっぺいのおたずねだ。 『いちごが何本海にある』 うまく返事をしてのきょか。 『何匹にしんが森にいる』 『まざあ・ぐうす』-いなかっぺえ
  • わたしは小さな蓑笠を着た童、 この雪に日の暮れに何処へ行つたものか、 片手にはまだ亀の子の温かみがあるのに、 遠い母里の金のラムプも見つからぬ。 ああ、霏々として降る雪の郷愁(ノスタルヂヤア)。 『水墨集』-雪中思慕
  • 好いた娘の蛇目傘(じやのめがさ)。 しみじみとふる、さくさくと、 雨は林檎の香のごとく。 『東京景物詩及其他』-銀座の雨
  • 遠雷(とほいかづち)とどろけば白き蝶の鞠の輝きてくづれまた舞ひのぼる 『雀の卵』
  • いと紅き林檎の實をば 明日こそはあたへむといふ。  さはあれど、女の友は 何時もそを持ちてなかりき。 いと紅き林檎の實をば 明日こそはあたへむといふ。 『思ひ出』-あかき林檎
  • お泣きでない、泣いたつておつつかない、 どうせ薄情な私たちだ、絹糸のやうな雨がふる。  『東京景物詩及其他』-河岸の雨
  • ゆくりなく庚申薔薇の花咲きぬ君を忘れて幾年か経し 『桐の花』
  • 麪麺(パン)を買ひ紅薔薇の花もらひたり爽やかなるかも両手に持てば 『雲母集』
  • なつかしい少年のこころに 圓い、軟かな BALLの やるせなさ………… 柚子の果が黄色く、 日があかるく、 さうして投げかはす BALL. 『思ひ出』-BALL
  • わが身は感覺のシンフオニー、 眼は喇叭、 耳は鐘、 唇は笛、 鼻は胡弓。 その病める頬を投げいだせ、 たんぽぽの光りゆく草生に、 肌はゆるき三味線の 三の絲の手ざはり。 『思ひ出』-感覺
  • 木いちごは 花に現れ、 幼児は 身がろく走り、 笹ごもり、 光りつぶやき、 蜂は巣を 営みそめぬ。 『海豹と雲』-春
  • あたたかに海は笑ひぬ。 ふと思ふ、かかる夕日に 白銀の絹衣ゆるがせ、 いまあてに花摘みながら かく愁ひ、かくや聴くらむ、 紅の南極星下 われを思ふ人のひとりも。 『邪宗門』-夕
  • わが友よ。 君もまた色青きペパミントの酒に、 かなしみの酒に、 いひしらぬ慰藉(なぐさめ)のしらべを、 今日の日のわがごとも、 あはれ、友よ、思ひ知り泣きしことのありや。 『思ひ出』-断章十四
  • からまつの林の道は われのみか、ひともかよひぬ。 ほそぼそと通ふ道なり。 さびさびといそぐ道なり。 『水墨集』-落葉松
  • 庭さきに雀の頭がうごいてゐるそれを見ながら飯食べてゐる 『雀の卵』
  • ねむれよ、このもしく、 夢も欲(ほ)らず、 まどろめよ、土(つち)の室(むろ)、 塗りとざして。 ねむれよ、息の緒の あるかなしに、 まどろめよ、ゆるぎなく 酔ひほうけて。  『海豹と雲』-冬眠
  • ここに来て梁塵秘抄を読むときは金色光(こんじきくわう)のさす心地する 『雲母集』
  • かくて、はや落穂ひろひの農人が寒き瞳よ。 歓楽(よろこび)の穂のひとつだに残さじと、 はた、刈り入るる鎌の刃の痛き光よ。 野のすゑに獣らわらひ、 血に饐えて汽車鳴き過ぐる。 『邪宗門』-接吻の時
  • 月から観た地球は、円かな、 紫の光であつた、深いにほひの。 わたしは立つてゐた、海の渚に。 地球こそは夜空に をさなかつた、生れたばかりで。 『海豹と雲』-月から見た地球
  • 颱風の逸れつつしげきあふり雨白萩のしとど濡れたる 『白南風』
  • 墓地はよき森、よき廊下、 また、なぐさめの?(つゑ)の道。 墓地はよき庭、わが門べ、 わが賓客(まろうど)のよき小径。 『海豹と雲』-墓地
  • 明るけどあまり真白きかきつばたひと束にすれば何か暗けり 『雲母集』
  • 声呼ばふ墓地のかかりの夕餉(ゆふげ)どき遊びあかねば子らは愛(かな)しき 『白南風』
  • 今は黄菊の盛りである。 わたしは童とあそんでゐる、 童はわたしのかはいい子だ。 わたしは父ゆゑおもはゆい、 童は黄菊をむしつてゐる、 わたしはその頬をしやぶつてゐる、 おお、よい子だ、 めづらしい澄んだ蒼空だ、鵯(ひよ)までが小さく迅く翔けてゐる。『水墨集』-童と父
  • GONSHAN. GONSHAN. 何故泣くろ、 何時まで取っても曼珠沙華、 曼珠沙華、 恐や、赤しや、まだ七つ。 『思ひ出』-曼珠沙華
  • 雨の中(うち)、をりをりに雲を透かして さ緑に投げかくる金の光は また雨に忍び入る。音には刻めど 絶えて影せぬ鶺鴒のこゑをたよりに。 『畑の祭』-雨中小景


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